拉致事件に対する日本の姿勢
韓国の拉致被害者家族が、北朝鮮に拉致被害者に会いに行くということで、日本の被害者家族との違いが生じている。
各紙の報道は、日韓の被害者家族間の微妙な温度差を、北朝鮮側がいかにも巧みに衝いてきた、という感じであるが、単純に日韓の対北朝鮮の政治姿勢の違いとしか思えない。
簡単にいうと、日本が求めているのは、拉致被害者の帰国と北朝鮮への懲罰の2点で、韓国が求めているのは、拉致被害者の帰国と南北朝鮮の統一の2点である。
拉致被害者の帰国を最優先に考えるなら、北朝鮮の犯罪性を問題にする必要はなく、相手の面子を立てつつ友好関係を確立することが理想であって、この場合韓国の2つの目的は、手段の選択において何ら矛盾が生じない。一方、日本の2つの目的は、手段の選択において現状では、矛盾を抱えてしまっている。すなわち、拉致被害者そのものが北朝鮮の管理下にある以上、帰国に関してのイニシアティブは北朝鮮にあり、懲罰されることがわかっていてそのイニシアティブをむざむざ日本側に渡したりはしない、ということだ。
日本の2つの目的は、矛盾なく実行しようとすると、特殊部隊を潜入させて拉致被害者を連れ帰るか、軍事侵攻を行って金正日政権を崩壊させるかしかないが、いずれの方法も現実性がない。さらに関係6ヶ国中、外交関係がまともに機能しているのがアメリカだけで日韓・日中・日露とも領土問題や歴史問題で冷却化し対北朝鮮外交での積極的な協力は期待できない。アメリカもまた、アメリカしか選択肢のない日本の状況を知って米軍再編成や牛肉輸入で日本に無理を押し付けている。自己中心的・無能な小泉外交の成果がこの状況である。
さて、こうして考えてみると、日本の拉致問題の取り組みは、「果たして本気で拉致被害者を救出することを考えているのだろうか?」と疑わしくなってくる。
対外的な敵を作り上げ、国内のナショナリズムを刺激し、国内問題から目をそらさせる。これでは、中韓の反日教育を非難することなど出来ない。
(以下引用)
<拉致事件>北朝鮮、問題広がり恐れ、日韓分断狙う
北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさんの夫の可能性が高い韓国人拉致被害者、金英男(キムヨンナム)さん(44)と、韓国在住の母親崔桂月(チェゲウォル)さん(78)の北朝鮮・金剛山での再会許可を北朝鮮が8日発表した。「早く会いたい」と喜ぶ英男さんの母。「まだ考えが及ばない」と慎重姿勢のめぐみさんの母。北朝鮮の突然の決定は、日韓の拉致被害関係者の立場の違いを浮き上がらせた。拉致問題の日韓連携を引き裂こうとする北朝鮮の動きに日韓両政府も対照的な反応を見せている。【ソウル堀山明子、北京・西岡省二、西脇真一、犬飼直幸】
◇金氏と母、再会へ
「どれほど今まで苦労したか。(息子に)会ったら抱きしめて、なでてあげたい」
北朝鮮に拉致された金英男(キムヨンナム)さん(44)の母崔桂月(チェゲウォル)さん(78)は8日、ソウルでの記者会見で、目の前に息子がいるかのように手を伸ばした。
崔さんは先月末の訪日の際、横田滋・早紀江さん夫妻から「(英男さんに会うために)訪朝すべきではない」と説得された時、ショックで倒れた。
先月29日に開かれた衆院拉致特別委ではこんな場面もあった。
委員から「北朝鮮に(横田めぐみさんの娘の)『ヘギョンさんに会いに来て』と誘われたらどうするか」と問われた。ヘギョンさんの父親の可能性が高い金英男さんの姉英子(ヨンジャ)さん(48)は「話があれば私たちは行って会います」と答えた。
だが、早紀江さんは「北がどんな国かを考えなくてはいけない。危険な状況だ」と拒否した。北朝鮮に対する態度の違いが、はっきりした瞬間だった。早紀江さんは8日も訪朝について「まだそこまで考えが及ばない」と困惑した胸の内をのぞかせた。
韓国では00年以降、拉致被害者12人の家族が「特殊離散家族」として離散家族再会事業で面会している。しかし、再会が実現するのは一度だけで、拉致被害者は北朝鮮当局から「北朝鮮で幸せに暮らしている」と言わされるのが常だ。
その現実を知りながらも、崔さんは息子と会うことを選んだのだった。
「同胞愛」と「人道主義」――。北朝鮮が韓国側に送った面会許可の通知文で使った言葉は、南北が同じ民族であるとする「一体感」を印象付けている。そこには拉致問題で韓国を北朝鮮側に誘導し、日本との分断を図りたいという北朝鮮側の戦術が読み取れる。
通知文送付は、離散家族再会事業開始(今月19日)まで10日余りというタイミングだった。北京の外交筋は「突拍子もない行動に出るという北朝鮮特有の交渉戦術という見方もできる。だが、今回は何とか離散家族再会事業に間に合わせることができたと解釈すべきだろう」と分析している。
一方で北朝鮮は拉致問題での日韓の温度差を敏感に感じ取っているようだ。
日本側の拉致被害者家族は、被害者の日本送還までは北朝鮮を訪問しないとの姿勢を貫く。韓国側は離散家族再会事業という民族交流を通してでも被害者と家族の面会を実現させようとしてきた。北朝鮮はこの対応の違いを十分に認識している。日韓を分断することによって、拉致問題の国際化を防ぎたい考えのようだ。
北朝鮮指導部では、日本人拉致問題は既に解決したことになっている。「金英男さんと母親の再会が実現しても、妻とされる横田めぐみさんに関する新たな情報を得られる可能性はほとんどない」(北京の外交筋)との見方が有力だ。
◇北朝鮮の「国際包囲網」に水差す一手
北朝鮮が金英男さんと母崔桂月さんの再会を決定したことは、安倍晋三官房長官が主導する拉致問題の「対北朝鮮国際包囲網」作りに水を差す一手だ。
金さんの存在が浮上したこと自体、韓国との連携を重視する安倍氏がDNA鑑定を実現させた結果だったが、北朝鮮に逆手に取られた格好だ。政府は今後の展開を注視しつつ、主要国首脳会議(サンクトペテルブルク・サミット)などの場を活用し「これまでと同様に北朝鮮への圧力を強めていく」(政府筋)としている。
安倍氏は8日の記者会見で「北朝鮮の真意は承知していない。(再会は)ご家族自身が判断すべきことだ」と、政府としては見守るしかないとの立場を説明。「金さんと横田めぐみさんの救出のために日韓両国がよく協力することが大切だ」と強調した。
DNA鑑定は安倍氏が昨年末、羅鍾一(ラジョンイル)駐日韓国大使に協力を求め、韓国の家族から血液などの提供を受け4月に実施した。金さんがめぐみさんの夫である可能性が高いことが判明すると、安倍氏は「拉致問題が国際的な広がりを持っていることがはっきりした」とし、国際包囲網を狭める動きを加速させた。
めぐみさんの母早紀江さんとブッシュ米大統領との会談実現に尽力したのも、5月末に訪日した崔さんら韓国の拉致被害者家族らと面会したのもその一環だった。
ただし、安倍氏の意気込みとは裏腹に、北朝鮮への融和政策を進める韓国政府は拉致問題解決に必ずしも積極的でなく、しぶしぶ日本に協力してきた面もある。日本政府は早い段階で崔さんが金さんとの再会を切望しているとの情報を得ており、「止めようもなく打つ手がなかった」(安倍氏周辺)のが実情だった。【犬飼直幸】
◇韓国、拉致経過追及せず
「拉致問題を政治キャンペーンに利用すると解決が難しくなる。人権問題として静かに誠意を持って対応したい」
韓国統一省高官は8日の会見で、金英男さんと母親の再会を許可した北朝鮮の発表について、南北間の信頼に基づく成果だと強調した。名指し批判は避けたが、日本との違いを意識した発言とみられる。
韓国政府が拉致問題解決のゴールを本国への帰国に置いている点は日本と違いはない。しかし、「拉致の存在も認めず、生死確認すら進んでいない中で、送還(帰国)をいきなり求めるのは非現実的」(統一省高官)との判断から、生死確認と再会に重点を置いているのが現実だ。
5日の国家情報院の発表によると、朝鮮戦争(1950~53年)後の韓国人拉致被害者は従来統計より4人増えて489人。このうち生存が確認できたのは103人だけ。金英男さんの再会を拉致問題解決につなげるためにも「英男さんの拉致の経過は追及しない」(韓国政府当局者)のが韓国政府の本音だ。
一方、「拉北者家族会」の崔成竜(チェソンヨン)代表は8日の会見で「拉致犯が韓国にいる金英男氏との面会を認めたことは、北朝鮮が韓国人拉致の事実を認めたも同然だ」と期待感をにじませた。
◇日本の家族会「全員の帰国目指す」
金英男さんと母親の再会は、日韓の拉致被害者家族の連携にどんな影響を及ぼすのか。日本の家族会は、従来の関係を保つ考えだが、一部に「連携はできない」との声も出始めている。
「(ブッシュ米大統領との面会など)世界各国の人に『拉致は許せない』という思いが伝わってきて、やっとここまで来た。協力の大切さはこれからも変わらない」。めぐみさんの母、横田早紀江さん(70)はそう語り、今後も日韓の拉致被害者家族の連携を強めていく考えを示した。
一方、家族会事務局長の増元照明さん(50)は「英男さんの家族とは共闘できるとは思えない」と不満をあらわにする。「訪朝しても英男さんが『北朝鮮公民』を名乗り、取り戻せなくなることは明らかだ。全員の帰国を目指す方針は変わらない」と話した。
家族会と支援団体・救う会は「離散家族数人が北朝鮮の監視下で再会しても拉致問題解決にはつながらない」と指摘したうえで、「今後も韓国の拉致被害者家族、支援者、心ある国会議員、国民の皆さんとの連携を強め、すべての拉致被害者救出を求め続ける」との緊急声明を出した。【工藤哲】
(毎日新聞) - 6月9日3時11分更新