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今年で戦後80年になるんですね。

 

 


私は自分の爺ちゃん婆ちゃんや親達が小さい頃の話しに凄く興味がありまして、そんな世代の人達の話しを聞いてたら戦争時代の話しになる傾向があります。

 

 

 

そして、そんな話を聞いているうちに戦時中の話しに凄い興味が出て来て戦時中の遺構や戦跡を見に行くようにもなってしまいました。

 

 

 

戦争経験者の体験談を直接聞くのも聞きたいし、テレビで体験談を話している番組をやっていたら見てしまいます。

 

 

 

そこで今回は戦後80年特集という事で私が聞いて印象に残った話しを紹介したいと思います。

 

 

 

それ、

今の人で興味のある人殆どいないブヒ!

🐷あせる

 

 

 

(´Д`()いいのじゃよ、若い子に伝えていく事がワシに託された使命なのじゃから…

 

 

でも、このブログを読んでる人って

10代と20代の人は0%ブヒ!

🐷DASH!

 

 

 

うるさいやい!

(`Д´;)DASH!

 

 

 

というわけで…

 

 

 

まず、テレビで見て知った話しなのですが、兵庫県の姫路の話しを紹介させて頂きたいと思います。

 

 

 

20年くらい前にテレビ番組で見て知った話しなので、うろ覚えな部分もあるのですが、後から知った話しと合わせて大筋としてはこんな話しになります。

 

 

 

実際の話しと少し表現が違う場合があります。

🐷上差し

 

 

 

姫路市にある姫路城は空襲時に米軍が重要文化財だから攻撃しなかったと思っている人がいるみたいだけど、実際はそうでもないし、全く被害が無かったわけでもないというお話です。

 

 

 

私が見たテレビ番組で当時の事を証言していた方は戦時中まだ子供でしたが、姫路城が好きで姫路市民の誇りだと言っていたように思います

 

 

 

しかし、戦争が始まる前年の戦争が始まる雰囲気が高まる中、白い姫路城が敵の標的になりやすい事から防空対策として黒い網を被せてカムフラージュをしようという話しになっていたそうです。

 

 

 

そして、戦争が始まり白い姫路城には黒いネットが被せられてしまいます。

 

 

 

この頃、白鷺城と異名を持つ白い姫路城は黒くなっていたそうです。

 

 

 

やがて、戦況も悪くなっていき戦争末期になると日本の各地の都市が激しく空襲されるようになり、遂に姫路の町も空襲に遭う日がきてしまいます。

 

 

 

姫路には1945年(昭和20年)6月22日に姫路城から1㎞の距離の場所にあった「川西航空機姫路製作所」を狙った一度目の空襲があり、二度目は7月3日の深夜に市街地を狙った姫路大空襲があったそうです。

 

 

 

そして、同じ方だと思うのですが、最近見たYouTubeに出ていたテレビのニュース番組で2回目の姫路大空襲の時に母親に逃げるよう指示され必死で走って逃げていると、おばあさんが田んぼのあぜ道で手を合わせ一生懸命に拝んでいて、そのお婆さんに焼夷弾が直撃するところを目撃したと言われていました。

 

 

 

恐らく昔テレビで見た方と同一人物だと思います。

 

 

 

そして、姫路城の方面に飛行機が飛んで行くのを見て「姫路城が無事でいてくれ!」と子供心に思ったそうです。

 

 

 

結局、空襲が終わって町を見渡すと姫路の町は、すっかり焼野原になってしまっていて、その中で姫路城だけが無傷の状態で建っていたという事でした。

 

 

 

後に、この光景を見た人でアメリカ軍は姫路城を壊さないでいてくれたと思った方もいたようです。

 

 

 

京都が空襲されなかったので、よけいにそう感じたのかもしれません。

 

 

 

しかし、姫路大空襲を行ったB29の機長アーサー・トームズという人の証言によると空襲が行われたのは夜間だった事もありレーダーで見ていた城の周りのお堀も含めてこの辺りを池か沼と判断してしまい爆弾は余っていたけど爆弾投下をやめたそうなんです。

 

 

 

それに城を黒くしていた事で視認しにくい効果もあったのかもしれません。

 

 

 

ところが、厳密言うと姫路城は完全に無傷ではなかったのです。

 

 

 

実際には流れ弾のように風に流された一発の焼夷弾が最上階の大天守の窓を突き破って着弾していたのです。

 

 

 

しかし、焼夷弾は奇跡的にも不発だったので大事にはいたりませんでした。

 

 

 

そして、何と西の丸からも不発弾が二発見つかっていたそうです。

 

 

 

もし、不発弾じゃなかったら巨大な木造建築の姫路城は大火事になって焼け落ちてしまっていたでしょう。

 

 

 

数発の流れ弾の不発弾だったから奇跡的に無事だったけど、米軍が姫路城を見つけて本気出で爆撃していたら簡単に破壊できたでしょうからね。

 

 

 

これは姫路城を守ろうとした姫路市民の努力と熱意が起こした奇跡なのかもしれません。

 

 

 

こうして、姫路城はほぼ無傷で終戦を迎え焼け野原となった市街地にそびえ立つ姿は、多くの人々に勇気を与えたそうです(←AI談)

 

 

 

(´Д`()という、お話しですじゃ。

 

 

 

(´Д`()最近海馬に自信がないのですが、90〜95%くらいは合ってると思います。

 

 

 

伊丹から姫路まで遠いので高速に乗れないグロムでは、なかなか行く機会もないですが、そういう話しを踏まえて姫路の町やお城を見てみると、また違った風に感じるかもしれません。

 

 

 

(´Д`()今の若い人に伝えていく事がワシの使命じゃからな…

 

 

 

似非語り部が!

カッコつけるなブヒ!

何か鼻につくブヒ

🐷ムカムカ

 

 

 

 

(´Д` )そして、姫路空襲を記録した動画を発見したので貼っておきます。

 

 

 

本当に空襲って

地獄絵図だったんでしょうね…

怖すぎます…

(´Д`;)

 

 

 

(´Д` )しかし、こういう世代の人達って戦争を経験した上にあんな絶望的な状況から日本を立て直して復興させたわけですから頭が下がります。

 

 

 

(´Д`°)きっと、私なんかじゃ想像もできないような苦労をされた事でしょう…

 

 

 

🐷多分、日本国民が全員お前だったら80年経っても焼野原のままだったブヒ!

 

 

 

(´Д`;)そうかもしれないな…

 

 

 

🐷あせる否定せんのかい⁉

 

 

 

(´Д` )あせるそれと思い出したんですけど、先日、金曜ロードショーで「あの花が咲くなんちゃら」みたいなタイトルの映画を観たのですが、衝撃を受けました。

 

 

 

(´Д`;)映画を1.5〜2倍速で見たいと思ったのは初めてです。

 

 

 

(´Д`;)主人公の女の子が蚊が屁をこいたみたいな声量なので声が聞き取りにくく、ストーリーの安直さと話しのテンポの悪さにも度肝を抜かれました。

 

 

 

(´Д` )あせるおままごとと言いますか学芸会みたいと言いますか、ここまでくると逆に凄いなと…

 

 

 

(´Д`;)より沢山の人に観てもらいたいですね。

 

 

 

(´Д`°)あの映画は泣けるよ…

 

 

 

🐷DASH!嘘つけ!

 

 

 

おわり