先日、叔母の満中陰法要を執り行った

 

身寄りもなく、一人で施設での生活を送り、

その後病気になって入院生活を送っていた

 

コロナは、私たちとの面会も拒絶し、

母の記憶も、とぎれとぎれとなっていった

 

 

危篤の状態なので、

面会が出来るのならという連絡が来た時

初めて叔母のいる病院に出向いた

彼女は転院して、感染症専門病院にいた

 

父の死から4か月後だった

 

感染症にもかかっているので、

高齢者や呼吸器疾患があるなら、面会はしない方がいいと説明を受けた

 

マスクも見たこともないような

頑丈で、食い込むようなキツイ装着感のものをつけた

 

私は、肺の疾患で定期検査や精密検査を受けている

母は、高齢者で、マスクがとてもきつくて納得してもらうのが大変だ

 

私たちはロビーで待つことになった

面会をしたのは私の兄弟たち

 

呼吸が苦しそうで

身体も小さくなって

見ていることが出来ない程だった

機械で生かされている感じで

本当に苦しそうなので、

生きるって選択がどうなんだろうって思ってしまった と言っていた

 

今もその光景が焼き付いているそうだ・・・

 

いつも眠っているのだが、

面会で病室に入った時

 

わずかに目を開けて

ふたりをじろりと見て

誰なの?何しに来たの?

そんな感じでじっと見て

 

そしてまた眠ってしまったそうだ

 

 

その3日後深夜に 病院から死亡の電話が入った

 

 

幼い時の叔母との記憶はしっかり残っている

出来る限りのお見送りをしたい

という私の希望をかなえてもらい

 

通夜はなく、葬儀だけを行い

年明けに満中陰法要をし、納骨を済ませた

 

  通夜で泊まることが高齢の母には難しく

  申し訳なかったが、母の体を優先した

  おばちゃん ごめんなさい

 

私は、将来の自分の姿を叔母に見ている

一人で生きていても

さまざまなことで誰かが助けていてくれていることを

悪い表現だと、迷惑をかけて生きているともいえる

 

死んでからの後始末も、誰かにお願いしないといけないことも

 

一人なんやから、早めに終活して、

手続きを簡単にしといてやって・・・わかってるよ、キツイ言葉だ

 

 

生きているときも、思い悩むことはいろいろあって

死んでからの後始末でも、なんだか申し訳なさで辛くなってしまう

 

 

うだうだ言ってる時間はそう多くないかもしれない

病気の進行が最悪ならば、平均寿命など程遠い?

 

 

どう生きるかも難しいけれど

後始末もどうも大変だ

精神的に・・・乗り気になれない自分がいて

脳がしっかりしてるうちにやってしまわないと・・・(笑)