(上のつづき)
書き出しをみてみよう、
"I had a farm in Africa at the foot of the Ngong Hills. The Equator runs across thesehighlands, a hundred miles to the north, and the farm lay at an altitude of over sixthousand feet. In the day-time you felt that you had got high up; near to the sun, butthe early mornings and evenings were limpid and restful, and the nights were cold. "
私はアフリカに農園を持っていた。ンゴング丘陵のふもとに。この高地の百マイル北を赤道が横切り、農園は海抜六
千フィートを越える位置にあった。昼間は太陽の近くまで高く登ったような気がするが、明けがたと夕暮れは涼しくやす
らかで、夜は冷えびえとしていた。(「アフリカの日々」横山貞子訳、晶文社より)
不思議なことには、全体を通じて自らがアフリカにやってきた経緯はもちろん、夫がどうしているかも書かれてはいない。(夫の存在が本書で言及されるのは、たった一箇所のみ)自分のことは第三者が語る、"男爵夫人"という呼びかけで書いてあるに過ぎず、映画のテーマであるデニスとの恋愛も仄めかす程度に書かれているだけである。
本はほとんどが、経営する農園と、地元の人々、アフリカの自然とその生活に割かれている。しかし、その叙述は対象に愛情がこめられており、読者も読み進むうち、ンゴング丘陵の農園生活を愛おしく思うようになる。
例えばこういうエピソードがある、
ある日、野生の雌ガゼル(ウシ科だけど、シカ的なものと思えばよい)の赤ちゃんを飼うことになる。ルルと名づけられたガゼルは、成長するにつれ、その優雅さで屋敷中で一番高貴な者として遇されるようになる。しかし、その優雅と高貴さは飽くまでも野生の証であった。
そしてルルは、外出したまま帰って来なくなる。しかし、しばらくする今度は子供を連れ、屋敷の周囲に再び現れる。ガゼルが人家近辺に出没するのはアフリカですら稀なことであり、新聞にも載る。カレンはこう書いている、
"Lulu came in from the wild world to show that we were on good terms with it, andshe made my house one with the African landscape, so that nobody could tell wherethe one stopped and the other began."
野生の世界からやってくるルルは、この家の人びとがありのままの自然と仲よくしていることを示している。そしてルル
は私の家をアフリカの風物と一体化させてくれる。アフリカ本来のものとこの家との境界がルルのおかげで曖昧になる。
(前掲書より)
このルルについての章は、動物の姿をこれ以上はないほどの優雅な存在として描いている。本当のガゼルの姿はともあれ、ルル以上に高貴な生物がこの世に在ることを想像することは困難に思えるほどだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カレンがアフリカに滞在したのは、第一次世界大戦を挟む20世紀初頭であった。当時の白人の原住民への差別感情はいまとは比べるべくもない。とくに文明的優位に立つと信じる白人の多くは、アフリカの人々の文化に敬意を払うことも少なかった。
しかし、カレンはアフリカの人々の中にも高貴と優雅をみる。多くの白人が"遅れた"と考える文化ですら、欧州では、"喪われた"ものだと考えるのだ。
例えば、ナイロビのホテルの給仕長であった、エマニュエルソンという男が落魄して現われ、屋敷での一晩の宿を乞う。歩いて国境を越えるという彼に、カレンは宿を与え幾許かの金をわたす。その後、エマニュエルソンは金と共に、途中でマサイ族に助けられたという報告の手紙を寄越す、
"It was and is becoming, I thought, that Emmanuelson should have sought refuge withthe Masai, and that they should have received him. The true aristocracy and the trueproletariat of the world are both in understanding with tragedy-中略-They differ in thisway from the bourgeoisie of all classes"
彼(エマニュエルソン)がマサイ族のところに避難所を求め、マサイ族がそれを受けいれたのは、両方にとってふさわ
しい、と私は思った。この世におけるまことの貴族階級とまことの無産階級は、どちらも悲劇を理解する能力がある。
-中略-彼らはこの点、上下を問わずあらゆるブルジョワ階級とはまったく異なっている。(前掲書より)
これを読むとわかるように、カレンはアフリカの人々(キクユ族、ソマリ族、マサイ族など)に貴族の精神を見ている。カレンは文中では、自身を"男爵夫人"と表現しているが、実際に離婚後もその称号は手離そうとはせず、称号で呼ばれることを好んだという。(それによって彼女を"俗物"という向きもあった)
元夫も男爵であったが、恋人であったデニス・フィンチ=ハットンも、じつはウィンチェスター伯爵の次男であり、イートンとオックスフォードを出た典型的な貴族階級の一員である。元夫ブロルもデニスも狩猟家であり、狩猟ガイドが主な仕事だったらしい。だが、狩猟はどこでも貴族の遊びであり、彼らの客もまた英国皇太子(のちのエドワードⅧ世=ウィンザー公爵)といった上流階級のひとびとであった。
自身はブルジョワ出身であったが、芸術を愛する気質と作家らしい観察眼とにより、ヨーロッパの貴族階級の精神を体現するにいたったカレンは、アフリカの人々の中にも同様の精神を見出すのだ。これは当時の植民地の白人の大半とは異なる視点であろう。またその視点が、本書を一世紀近く経た現在でも魅力あるものとしている一要素に違いない。
カレンは白人とアフリカの人々の関係をこうも書く、
"The relation between the white and black race in Africa in many ways resemblesthe relation between the two sexes."
アフリカにおける白人種と黒人種との関係は、さまざまな点で男女両性の関係に似ている。(前掲書より)
本書を通じて受けるカレンの印象は、"農園を現地の人々の助けを借りてひとりで経営する女主人"である(これは映画での印象と大分異なる)。異国で孤軍奮闘する女性、というカレンの姿は読者に凛々しく好ましく映る。しかし、女性であることはカレンにより複雑な視点を持たざるを得ない境遇をもたらしたに違いなく、その分だけ物語に奥行きを与えている。
しかし、何よりもましてカレンの語るアフリカそのものが魅力溢れる場所となっている。それは、カレンの目がとらえたアフリカが魅力的なだけなのだろうか、それとも"人類発祥の地"とされるアフリカがヒトにとり、またわれわれにとって永遠に魅力的なのだからであろうか。
"You have tremendous views as you get up above the African highlands, surprisingcombinations and changes of light and colouring, the rainbow on the green sunlit land,the gigantic upright clouds and big wild black storms, all swing round you in a race anda dance. The lashing hard showers of rain whiten the air askance. The language is shortof words for the experiences of flying, and will have to invent new words with time."
アフリカ高地の上空にあがると、雄大な景観がひろがる。光と色のおどろくべき調和と変化、日に照らされた緑の大地
にかかる虹、高くそびえたつ巨大な雲の峰と荒れ狂う黒い嵐が、身のまわりを駆けすぎ、踊りまわる。たたきつけるよう
な激しい雨が横なぐりに襲って、あたりの空気が真白になる。飛行の体験を表現するには、これまでの言葉では不十分
だ。将来、新しい言葉を創りだしてゆかなければならないだろう。(前掲書より)
現在、アフリカの元住居とデンマークには「カレン・ブリクセン博物館」があるという。カレン・ブリクセン博物館HP(もろちん英語)☞ http://www.karen-blixen.dk/engelsk/default.html
※実は、こういう文学のぉ記事が一番人気ないのよねぇ…