「楽しんで滑りたい」 |
選手だという自覚はあった。優勝後に数多く行われたインタビューのひとつで荒川は、「誰かがメダルを
とってくれないかとは思っていた」と語っている。けっして期待の重さを受けとめていないわけではなかっ
たのだ。
最近のオリンピック代表や日本代表選手がよく口にする、「楽しみたい」。同じ「楽しむ」という言葉でも
ひとによって意味は違う。メダルをとる可能性と、自分にとって悔いのないオリンピック。荒川の言葉を
あえて翻訳すれば、「自分の滑りを楽しむ」=「自分の実力を発揮する」=「メダル」という意味でもあり、
順番だったのではないか。
ひとによって意味は違う。メダルをとる可能性と、自分にとって悔いのないオリンピック。荒川の言葉を
あえて翻訳すれば、「自分の滑りを楽しむ」=「自分の実力を発揮する」=「メダル」という意味でもあり、
順番だったのではないか。
オリンピック本番 |
の3位だった。嬉しい驚きの荒川に、4位につけた村主とともにメダルの期待は高まる。フリーの最終組
滑走順は、ゲデバニシビリ、コーエン、荒川、村主、マイズナー、スルツカヤに決定した。
荒川は、3位につけたことで、やはりメダルを意識する自分に気づく。しかし、メダルの優先順位を上げ
ればかえって遠ざかると思いなおし、"自分の滑り"に集中し直しことにする。
ればかえって遠ざかると思いなおし、"自分の滑り"に集中し直しことにする。
フリー演技の当日、バックステージにもモニターは用意されていたが、他のひとの演技はまったく観なか
ったという。直前の演技者であるコーエンの滑走時には、アリーナで待機しなくてはならなかったが、そ
のときにも完全防音のヘッドフォンをして演技は観なかった。音を聞かなかったのも、歓声で演技の出来
がわかるからだ。
ったという。直前の演技者であるコーエンの滑走時には、アリーナで待機しなくてはならなかったが、そ
のときにも完全防音のヘッドフォンをして演技は観なかった。音を聞かなかったのも、歓声で演技の出来
がわかるからだ。
モロゾフはフリーの直前、荒川に最初の3-3のコンビネーションを3-2に代えるように指示する。SPでも
着氷の際に不安定を感じ、自らコンビネーションを代えた荒川は、これを受け入れた。荒川の調子が悪
かったわけではない。公式練習でも、フリー直前の練習でも3-3のコンビネーションを次々と成功させて
いた。
着氷の際に不安定を感じ、自らコンビネーションを代えた荒川は、これを受け入れた。荒川の調子が悪
かったわけではない。公式練習でも、フリー直前の練習でも3-3のコンビネーションを次々と成功させて
いた。
あるTV局は、「荒川の調子を見たコーエンとスルツカヤが逆にプレッシャーを受けた」と評したほどだっ
た。それに比べると、とくにコーエンは前述のようにジャンプが決まらずに焦っているようだった。
た。それに比べると、とくにコーエンは前述のようにジャンプが決まらずに焦っているようだった。
新採点システムの魔力 |
を提出する。構成点はともかくも、技術点の「最高では何点」というのはあらかじめ判断がつくことになゆ。
モロゾフの指示も、そうした計算によるものであろう。あるいはモロゾフも、荒川の金は見越していなかっ
たのかもしれない。荒川の調子からして、完璧な演技も期待できるが無理をせずにメダルを得ようという
作戦だったともいえる。
たのかもしれない。荒川の調子からして、完璧な演技も期待できるが無理をせずにメダルを得ようという
作戦だったともいえる。
スポーツライターの長田渚のコラムによると、事前に提出されたトリノオリンピックのフリー演技の技術点は、
コーエン 61.5点
スルツカヤ 60.0点
荒川静香 64.6点
スルツカヤ 60.0点
荒川静香 64.6点
つまり、荒川が完璧な演技をした場合、SPの点差が僅少なためにコーエンとスルツカヤが荒川を凌いで
金メダルを得ることはあり得ない。実際の演技では3-3のコンビネーションを3-2に変更するなど、荒川
も下方修正したので、62.32点になっているが、それでもふたりの得点を上回ることには変わりなかった。※4.
金メダルを得ることはあり得ない。実際の演技では3-3のコンビネーションを3-2に変更するなど、荒川
も下方修正したので、62.32点になっているが、それでもふたりの得点を上回ることには変わりなかった。※4.
とくにスルツカヤは、荒川の得点が出たあとの演技。荒川の出した最終得点191.34は、世界歴代3位。
190点台も、新採点法がはじまってからスルツカヤ、コーエン、荒川の3人しか出していない。たしかに
歴代最高はスルツカヤ自身の198.06だが、自身の頂点に近い演技をオリンピックで要求されたスルツカヤ
の心境はどういうものだっただろう。
190点台も、新採点法がはじまってからスルツカヤ、コーエン、荒川の3人しか出していない。たしかに
歴代最高はスルツカヤ自身の198.06だが、自身の頂点に近い演技をオリンピックで要求されたスルツカヤ
の心境はどういうものだっただろう。
他にも、コーエン、スルツカヤのふたりが緊張しなければならない理由はいくらでもあった。荒川にメダ
ルの期待はあったが、色についてではない。しかし、コーエンには国としての期待が、スルツカヤには個人
の力量から金メダルは目の前に見えたはずだ。
ルの期待はあったが、色についてではない。しかし、コーエンには国としての期待が、スルツカヤには個人
の力量から金メダルは目の前に見えたはずだ。
金メダルの演技 |
技の前、「SPでは『演技の前に鼻すすってたね』と、言われたので鼻だけすすらないように」しようと思っ
ていたという。
その後の4分間はニ日本人の記憶に新しいだろう。TVで何度も繰り返して放映した通りだ。ジャンプの
コンビネーションは下方修正されたが、スピン、スパイラル、構成など美しいスケートだった。荒川自身も
最後のジャンプを終えたあとには、珍しく笑顔になり、演技終了時には満面の笑みをみせた。
コンビネーションは下方修正されたが、スピン、スパイラル、構成など美しいスケートだった。荒川自身も
最後のジャンプを終えたあとには、珍しく笑顔になり、演技終了時には満面の笑みをみせた。
パラヴェーラの観客もその日はじめてのスタンディングオベーションで荒川を称えた。「自分の滑りを、最
高の舞台で楽しむ」ことができたのだ。
荒川の前に滑ったコーエンは、ジャンプを二度転倒。失敗のあと、気を取り直して後半のプログラムをし
っかりとこなし、銀メダルにつなげる。しかし、演技を終えた直後は「メダルはとれない」とコーチにいい、
「皆が演技が終えるまでわからないよ」と制するコーチを聞かず、バックステージに戻る。そして早々と
衣裳と靴を脱いでしまった。
高の舞台で楽しむ」ことができたのだ。

荒川の前に滑ったコーエンは、ジャンプを二度転倒。失敗のあと、気を取り直して後半のプログラムをし
っかりとこなし、銀メダルにつなげる。しかし、演技を終えた直後は「メダルはとれない」とコーチにいい、
「皆が演技が終えるまでわからないよ」と制するコーチを聞かず、バックステージに戻る。そして早々と
衣裳と靴を脱いでしまった。
スルツカヤは、前半のふたつの3-2のコンビネーションを3-0にしてしまい、3回転ループで転倒する。
後半の演技にはもはや生気が見られず、銅メダルに終わる。(銅メダルはとれるところが凄いといえば
いえるのだが)試合後のインタビューでスルツカヤは、「今までジャンプが問題になるなんてことはなかった」
と語った。
銀の知らせを聞いたコーエンは、慌てて着替えなくては表彰式に間に合わなくなるはめになる。表彰式の
あいだ、スルツカヤはほとんど笑顔を見せなかった。君が代が流れると、荒川は嬉しそうに口ずさむ。
この瞬間、TV視聴率は最高の43.1%を叩きだした。録画中継だったアメリカのNBCも珍しく君が代の
吹奏まで流したという(アメリカの中継では他国の国家吹奏を流すことは稀)。
後半の演技にはもはや生気が見られず、銅メダルに終わる。(銅メダルはとれるところが凄いといえば
いえるのだが)試合後のインタビューでスルツカヤは、「今までジャンプが問題になるなんてことはなかった」
と語った。

銀の知らせを聞いたコーエンは、慌てて着替えなくては表彰式に間に合わなくなるはめになる。表彰式の
あいだ、スルツカヤはほとんど笑顔を見せなかった。君が代が流れると、荒川は嬉しそうに口ずさむ。
この瞬間、TV視聴率は最高の43.1%を叩きだした。録画中継だったアメリカのNBCも珍しく君が代の
吹奏まで流したという(アメリカの中継では他国の国家吹奏を流すことは稀)。

※3.SP観戦記-http://blogs.yahoo.co.jp/nyaachandayo/26435479.html
※4.じつは、スルツカヤの自己最高技術点は66.8(2005年ロシアカッペ、歴代女子最高でもある)。
コーエンも62.49を持っている。両方とも荒川の62.32より上回っているのだが、なでトリノでの演技の
構成が自己最高に及んでいないのかは不明。
※4.じつは、スルツカヤの自己最高技術点は66.8(2005年ロシアカッペ、歴代女子最高でもある)。
コーエンも62.49を持っている。両方とも荒川の62.32より上回っているのだが、なでトリノでの演技の
構成が自己最高に及んでいないのかは不明。