また車に乗せられる。英語が飛び交っているところをみると、
少なくともロシアではないようだ。英語圏でこんなに寒いところ…。
嫌な予感がする…。
車は私の思惑はいっさいおかまいなしでひた走る。私の予感が正しい
なら、空港からだったらそろそろ着く頃かもしれない…。
どうやらどこかに着いたやうだ。室内に運ばれる。
さすがに部屋の中は暖かい。ん?声がするぞ。
「Daddy, what is this?」
「Let me see... It is a package to mommy from ... Hiroshima,
oh! Piro~n again!! The lady sends things to mommy almost every week!」
…、嫌な予感が的中したようだ。
「Daddy, what is in there?」
「I've no idea. Anyway, this is for mom. not our business」
「but where is mommy?」
「Ummm, I dunno. I thougt mommy has gone to KU's concert
in San Diego but... she's gone...to somewhere.....」
「like?」
「like, ....some bird taking country in Japan」
私はここにいるのに!! 幽体離脱のように、オットと子供の会話が聞こえる
のだが、実際はじゃがりこのパックに入っている。
「Daddy, Piro~n might send us some clue where mommy is......
let's open it」
「Yeah!」
「Look! just potato cr○ps!! that's all...... I can't understand why she's
so crazy about this!! Momy even eats this as breakfast!」
「Daddy, I wanna eat!」
「No way」
「Please Please!!」
「OK! You can eat it but be quiet! deal?」
「Yeah!」
子供に食べられるのならしょうがないか。急に明るくなったようだ。パッケ
ージが開いたのだろう。隣が上に持ち上げられる。もちろん肌と肌が擦れ
て激痛が走る…。
「Daddy, it's gooood!! You wanna bite?」
「No」
「Oh! Just try it....」
「OK, OK」
あ!子供ならともかくオットが!! やめて~!!
他にもたくさんあるじゃないのさ!
オットの分厚い手が私を掴む。何をしていたのか知らないが、油じみた指先
でつままれると不快極まりない。あ!やめて…。口に入ったかと思うと、歯
でバリバリと砕かれる。生きながら…、いや、地獄にいるのだから死んでい
るのかもしれないがとにかく身体が歯で砕かれる。そしてバラバラになった
身体は湿った舌の上へと転がされる。
「oh, it's good.....something funny though...」そら、自分の嫁さん食ってるんだから変な気もするだろう。舌から食道へ…!何かおかしい!気持ち
悪い!
バラバラになった身体は、少しだけ時間差をおいて胃にたどりつく。先に
ついた部分が不快で不快で堪らない…。凄い悪臭だ…。あ!わかった。
私がいないのをいいことに、オットと子供たちがサラダを食べたに
違いない。私は噛み砕かれた胡瓜とトマトのただ中にいるのだった。
噛み砕かれて嚥下された胡瓜は、その青臭さをより増しているようだ…。
気が遠くなる…。
なぜ意識が薄れるのかわからなかったが、胡瓜とトマトに囲まれている
よりは遥かにましだろう…。
……
……
気がついた…。オットの胃袋の中…、ではなさそうだ。あ!ここはまた
じゃがりこの調理場だ。また、ジャガイモたちと同じことを繰り返すのだ
ろうか?…、おや?並んでいるのはジャガイモじゃない…、人間だ!
でも、なぜ?何で人間がジャガイモの箱に入ってるの?
何で皆逃げないの?なぜ…?
「地獄じゃけぇ、しゃあないの」また、どこからか声が聞こえる。隣にいる
人が話しかけてくれているようだ。
「あの~、なぜ人間がジャガイモの箱に入っているんですか?」
「そら、じゃがりこつくるためやな」
「え!?ジャガイモでつくるんでしょ?」
「おんしには、見えとらんだけったい。もとから人間でつくっとっとよ」
もとから?でも以前は皆、ジャガイモに見えていたのに…。
「んだ、おめぇもよ、一回じゃがりこ地獄通過したっからよ、見えて来たんだ」
「一回!? じゃあ、これって何回も続くんですか!?」
「Ofcourse, that what hell means, you know」 隣のひとの言葉がいろいろに聞こえるのは、実際に話しているのではなくテレパシーのように頭に直接入ってくるかららしい。
「どのくらい続くんでしょうか?」
「聞かない方がいいじょ~」
「では、百回とか…」
「あなた、億とか兆とかご存知ですな?」
「ええ…」
「では、那由他とか恒河沙は?」
「いいえ」
「やはり聞かない方が身のためでしょう…」
気が遠くなるほどの回数らしい、でも、なぜ…?
「なぜ?とお聞きになるのれすね」
「はい、だって地獄に落ちるようなことは…」
「してないとおっさる?」
「...はい」
「この者をご覧なさい。あなたは、ひとより多くこの苦しみを生んできた
のです。じゃがりこを食べること自体が、苦しみを生むのです」
「...でも」
「でも、『ジャガイモだと思ってた』?」
「...はい」
「ジャガイモは命がないのですか?」
「ジャガイモに命?」
「命をバトンタッチしてゐるんじゃないんでしょうか?だから、作物として育てられるんです。それとも、動かなければ生き物ではないのでしょうか?」
「…」
「ひとは他の生き物の命を奪わなければ、生きていけないのです。これが
ひとの宿命です。まずこれをわからねばなりません」
「…」
「スーパーでキレイに包まれている肉も、動物の死体です。ここに並んで
いるジャガイモも死体に他ならないのです」
「はい…」
「あなたは一度地獄をくぐったことで、それがわかったのです」
「…」
「私が言ったからわかったというのですね」
「はい…」
「こう考えてみたらどうでしょう。一度くぐったことで、私が聞こえるのです」
「はい…、でも…」
「じゃがりこを食べているのは私だけではない、とおっさりたいのですか?」
「…」
「あなたのお義兄さんは、何をなさっていますか?」
「お坊さんです」
「あなたはお義兄さんがお坊さんにふさわしいとお思いですか?」
「…」
「思ってらっしゃらない」
「あなたのお義兄さんは、僧職にあるにも関わらず妻帯し子供をつくり、
先祖代々住職を継いでいます。これは仏の道に反することばかり。仏の道に志しながらも仏に反してゐます」
「…」
「その上、お義兄さんは欲の為すがままに行動されています」
「フィリピンパブのことですか…」
「だけど、私には関係ないとお思いですね」
「…」
「内部にいるとその矛盾は気づかないものです。気づいたあなたは、いわば覚者といえるのに何故それを教えないのか」
「…」
「汝の罪は、義兄より浅しといへども、知る者なれば知らぬ者に諭し聞かせるが仏の道なり」
相変わらず目は見えないのだが、隣のおぢさんが大きくなっていく気が
すゆ。
「汝、ひと度地獄を往還して以上の真理を悟れり、是よりじゃがりこ地獄を
那由他恒河沙或いは無量大数と繰返さば必ず覚者と成らん」
「はい」
「汝ノ罪ハ仏ノ定メルトコロニテ、我ガ力ハ及バズ。然レドモ我ハ常ニ汝ト
共ニ在リ、共ニ辛苦ヲ重ネ衆生ヲ救ハント欲スレバ也…」
あ!この方は地蔵菩薩さま…、と気づいた私は再び皮を剥かれ…
じゃがりこ地獄 -完-