おそめ 石井妙子 洋泉社

昔銀座には「おそめ」と「エスポワール」という伝説のバー(いまでいうクラブ)があった。川口松太郎の「夜の蝶」のモデルともいわれた本名上羽秀、通称おそめの生涯を描いた本。
おそめは東京で芸者になり、故郷の京都に戻って続けて左褄をとったが、いずれでも人気となる。当時の松竹の社長に落籍されてからも人気芸者であり続けたが、「好きな男」ができて一緒に住むこととなる。そこで家を改築してはじめたのが、バーおそめ。京都に遊びに来る政界・財界・文化人など当時の一流人士が訪れる店となった。もともと東京が好きだったおそめは、東京にもおそめの支店を開こうと決意、客もこぞって応援する。が、東京には川辺るみ子がママだった「エスポワール」をはじめとする銀座のバーがあり、京都と東京を飛行機で往復する「空飛ぶマダム」との争いは、耳目を集めるようになる。

昔銀座には「おそめ」と「エスポワール」という伝説のバー(いまでいうクラブ)があった。川口松太郎の「夜の蝶」のモデルともいわれた本名上羽秀、通称おそめの生涯を描いた本。
おそめは東京で芸者になり、故郷の京都に戻って続けて左褄をとったが、いずれでも人気となる。当時の松竹の社長に落籍されてからも人気芸者であり続けたが、「好きな男」ができて一緒に住むこととなる。そこで家を改築してはじめたのが、バーおそめ。京都に遊びに来る政界・財界・文化人など当時の一流人士が訪れる店となった。もともと東京が好きだったおそめは、東京にもおそめの支店を開こうと決意、客もこぞって応援する。が、東京には川辺るみ子がママだった「エスポワール」をはじめとする銀座のバーがあり、京都と東京を飛行機で往復する「空飛ぶマダム」との争いは、耳目を集めるようになる。
色々に言われた「おそめ」であったが、本当はお客の前に出るのが心底好きな天真爛漫な女性であり、計算ができるようなひとではなかったという。それを愛して店に通ったのが、白洲次郎、大仏次郎、吉川英治、川端康成、小津安二郎といった面々。しかし、噂とはうらはらにおそめが客と浮名を流すようなことはない。おそめは、前述の「好きな男」を一途に愛し一生添い遂げる。
しかしこの男、実は既婚者で、子供までいた。それを知ってもおそめは「男」を選ぶ。「男」の家族の面倒をみ戸籍上の妻には月々の手当まで出し、挙句にはその子供まで一緒に住まわす。「男」は職を持たず、おそめの店の管理で食うようになるが、「おそめ」や「エスポワール」のようなバーが社用族の興隆とともに地方出の企業経営の大型バーによって駆逐されるようになると、意外な才能を発揮する。それは映画の企画だった。
鶴田浩二の東宝から東映の移籍などで手腕をみせたのち、東映ヤクザ路線を仕切るプロデューサーとして自他ともに認めた「任侠映画のドン」俊藤浩滋の誕生だ。おそめが一時引き取った、俊藤の戸籍上の妻の娘も富司純子(藤純子)としてスター街道を驀進していく。
上記のように物語自体も興味深いのだが、本作が処女作だという著者の力量もかなりのもの。例えば、おそめが京都生まれなのに東京が好きだったことについての説明も、京都の女性は小柄なので明るい派手な色の着物を着ても品よく見える。おそめはこれに対して、東京流の渋好みで紺や黒の着物が多く持ち物でも同じものをいくつも持って愛用したという。こういうことは男性の筆者には書けないことかもしれない。そういえば、ベルサーチは関東より関西で売れ行きがよいとも聞いたことがある。
だれが「本」を殺すのか(上・下) 佐野眞一 新潮文庫

表題は恐ろしいが、要するに本にまつわる状況の話。内容は、書店・流通・版元・地方出版・編集・図書館・書評・電子出版など多岐にわたる。例えば、Amazonなら翌日届く可能性がある本が、本屋に注文すると1週間たっても届かないことがある。これは、本が返品可能な商品であるため本屋が注文しても取次の意向によって配本されないことがあり、版元では出荷可能としておいてもまとまらなければ出さなかったりもする。要するに注文(客注と称する)があっても返品可能であるために、実需とみなされないことがあるという。しかし、客側にも問題があり注文しても4割が結局取りに来ないというのだ。こうした実際の本にまつわる話をインタビューを中心にまとめてあり、エピソードも充実。例えば、日本で書籍類の売上No.1はすでにセブンイレブンだとか、ブックオフができると周辺の書店での万引が増えるなど。

表題は恐ろしいが、要するに本にまつわる状況の話。内容は、書店・流通・版元・地方出版・編集・図書館・書評・電子出版など多岐にわたる。例えば、Amazonなら翌日届く可能性がある本が、本屋に注文すると1週間たっても届かないことがある。これは、本が返品可能な商品であるため本屋が注文しても取次の意向によって配本されないことがあり、版元では出荷可能としておいてもまとまらなければ出さなかったりもする。要するに注文(客注と称する)があっても返品可能であるために、実需とみなされないことがあるという。しかし、客側にも問題があり注文しても4割が結局取りに来ないというのだ。こうした実際の本にまつわる話をインタビューを中心にまとめてあり、エピソードも充実。例えば、日本で書籍類の売上No.1はすでにセブンイレブンだとか、ブックオフができると周辺の書店での万引が増えるなど。
著者は非常に問題意識が強く、「本は大事なものだ」というテーマで書いているのだが、著者に同調するかどうかに関わらず、本好きには興味深い。単行本(プレジデント社)が6年前、文庫版が3年前に増補されて出版されているので、より(特に地方では)オンライン書店の影響が強くなっていると思うが、基本的な状況は変わっていないはずだ。
博士の愛した数式 小川洋子 新潮社

寺尾聡、深津絵里の主演で映画化もされている話題作。家政婦の「私」が、家政婦協会で問題とされている家に派遣されるが、そこに住むのは事故で80分しか記憶を持てない元大学教授だったという話。物語は「私」と「博士」と「私」の息子である「ルート」との交流、「博士」の専門であった数学と数の美しさが主題として進んでいく。個人的には「80分の記憶」(事故以前の記憶は普通に残っている、事故後の
記憶が毎回80分しか保たない)という物語のポイントを思いついた作者に感服する。

寺尾聡、深津絵里の主演で映画化もされている話題作。家政婦の「私」が、家政婦協会で問題とされている家に派遣されるが、そこに住むのは事故で80分しか記憶を持てない元大学教授だったという話。物語は「私」と「博士」と「私」の息子である「ルート」との交流、「博士」の専門であった数学と数の美しさが主題として進んでいく。個人的には「80分の記憶」(事故以前の記憶は普通に残っている、事故後の
記憶が毎回80分しか保たない)という物語のポイントを思いついた作者に感服する。
記憶がいかに重要かは、例えば人は他人との関係性のなかでしか生きられないので、人に「記憶」してもらっていないと物理的には生きていても、精神的には死んでいるのと同様であり、逆に死者でもモーツアルトやナポレオンのように人々に想起してもらえれば精神的にはまだ生きているのと同じだということでもわかる。「博士」の「義姉」の最後の台詞にも、そうした思いが込められているように思う。
純粋に「読む」という行為が楽しい一冊。筋はわかっていても、何度でも読みたくなる本に出会うのも読書の喜びのひとつであることを再確認させてくれる本。
姑獲鳥の夏 京極夏彦 講談社文庫

いわゆる京極堂シリーズの第1巻で、京極夏彦のデビュー作でもあるらしい。古本屋にして陰陽師の中禅寺秋彦が、事件を推理&憑物を落とすという手法で解決するというパターンのようだ。

いわゆる京極堂シリーズの第1巻で、京極夏彦のデビュー作でもあるらしい。古本屋にして陰陽師の中禅寺秋彦が、事件を推理&憑物を落とすという手法で解決するというパターンのようだ。
本作は妊娠20ヶ月の妊婦がいるという話と、妊婦の夫が行方不明だというのが発端。行方不明の夫が中禅寺と狂言回しの役である関口の先輩だったということから、彼らが深入りすることになる。問題の久遠寺家は代々医家であり明治になって東京に出てくる前の故郷では、「憑物筋」として知られていたなどと妖怪や心霊にまつわるおどろおどろしい話が続々と出てくるが、これが物語の雰囲気づくりに使われている。
文庫本で600ページにわたる大作だが、前半は中禅寺の脳や妖怪などに関する薀蓄というか講義に費やされている。しかし、これは「密室殺人(あるいは脱出)」解決の伏線となっているので、前半部分を飛ばすと、トリックが意味をなさない。このトリックについては色々議論もあるらしく、私はあり得ないと思う。しかし、読んでいる何時間かは楽しめる作品であることは間違いない。
脳や意識、妖怪、憑物、陰陽師、民俗学、フリークスなどそれぞれの分野では常識だろう知識を合わせて物語に仕立てあげた作者の力量は高い。本作の舞台は昭和20年代だが、そういえば江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズも昭和20年代の話だった。高度成長期以降の日本には怪奇も妖怪も出難いようだ。