Schwester美華

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ここで大切なことは

 

魂の存在を明らかにすることです

 

そして

 

私たちの身体は借り物だと言う事

 

ここが理解できないと

 

とても苦しいと思います

 

そうです

 

この肉体は借り物で

 

我々は全て仮の姿でいるということ

 

病になっているのはこの「肉体」であって

 

本来の私たちではないのです

 

ですから

 

苦痛を伴っているのは「肉体」のみであって

 

私達ではないのですね

 

ここを切り離せれば

 

病に対する恐怖も苦痛も

今より大分遠のくはずです

 

そして

 

今やるべきことに焦点を当てれば

 

スムーズに治療が受けられるでしょう

 

 

そして気付いて下さい

 

病が治っても治らなくても

 

それは肉体の話であって

 

私たちは常に病に侵されてはいないのです

 

そうです

 

私たちに病というものは

存在しないのです

 

だって

 

魂が風邪を引いたなんて

 

聞いたことが無いでしょう?(笑)

 

ゲゲゲの鬼太郎の歌でも

 

「おばけはしなない

 

病気もなんにもない」

 

そう歌詞にあるでしょう

 

その通りですよ(*´▽`*)

 

 

次回

 

病院が嫌いなあなたへ

 

 

病とは何なのか?

 

これの答えを簡単にするには

 

物事を非常にシンプルにするだけです

 

病は病であって

 

それ以上でもそれ以下でもない

 

ただの「病」です

 

そうです

 

病は「ただの病」

 

たったそれだけです

 

 

以前

 

病は「メッセージでもある」

という書き方をしたのは

 

「病=メッセージ」ではなく

 

病を通して何かに気付いた場合

病がメッセージになるということです

 

分かりますか?

 

だから必ず「メッセージ」という訳ではないんですね

 

病を通して私達が

 

「〇〇してみよう」とポジティブに思考を

切り替えたからメッセージになったのですね

 

また

 

「魂の学びでもある」とも言いました

 

それは

 

先ほどのメッセージと同じように

 

病になったことで

 

色んな人の愛を受け取る場合があったり

 

逆に相手に愛を与える機会にもなるからですね

 

そういう機会を設ける場合もあるということです

 

ですから

 

「病」はただの「病」

 

そこにあるだけなのです

 

 

分かりますか?

 

 

 

道端に石ころが転がっているように

 

自分の身体にあるだけなのです

 

あるだけだから

 

必要以上に恐れる必要が無いのです

 

だって

 

道端に石ころが転がっていても

 

あなたは怖くはないでしょう?

 

例え余命がつくものだとしても

 

命の時間は誰も知らないのですよ

 

知らないのにどうして余命を信じるのですか?

 

ね?

 

おかしいでしょう?

 

 

そう

 

おかしな話なのです

 

でも

 

実際に今現在痛みを感じる方は

とても辛いと思います

 

息苦しさを感じると

とても苦しくて仕方ないですよねあせる

 

 

次回

 

身体と私は別物、病から魂を切り離す方法

 

 

 

 

 

今日は少し口調を変えて

お話しして行きましょう

 

ここから先は

 

とても大切なことなので

 

心にスッと入る言葉の方が

 

良いかと思いますハート

 

体調不良の時に

 

多くの人は

 

「何か間違ったことをしたかな?」

 

「自分の何が行けなかったのかな?」

 

自分の悪い所を探しがちです

 

 

ここでとても大切なことは

 

その体調不良を通して

 

ポジティブなことは無かったのか?

 

ということです

 

身体が辛いと「辛くて苦しい」のは当然です

 

それはそっと横に置いて

 

それ以外に

 

良かったことを見るのです

 

周囲の人が優しくしてくれた

 

医療従事者が親身に身体のことを見てくれた

 

自分の体を労わろうとした

 

食べ物を気を付けようと思った

 

睡眠時間をもっと取ろうと思った

 

ね?

 

色々あるでしょう??

 

 

だから

 

病にかかった時

 

100%「苦痛」だけではないという事実に

気付いて欲しいのです

 

例え99%苦痛だとしても

 

残りの1%が良かったことだとしたら

 

あなたはその良かったことだけに

集中することが出来ます

 

身体は苦痛を伴っても

 

自分の頭の中だけは

 

その良かったことに集中出来るのです

 

無理にポジティブになる必要はしなくても良いですが

 

良かったことを探して

 

その想いに浸ることはとても大切です

 

大体そのポジティブは

 

「感謝」と「愛」に満ち溢れているのです

 

 

 

次回

 

病とは何なのか??

 

 

 

病気は罰なの?それともメッセージ?

 

これは凄く知りたい部分でしょう

 

病気はメッセージでもあるし

 

魂が決めたことでもあり

 

その意味は十人十色なのだ

 

 

それでは一つずつ解説しよう

 

病気がメッセージである場合

 

気付けばすぐ治まる場合が殆ど

 

ネガティブなメッセージは殆どなく

 

ポジティブな場合が多い

 

例えば

 

進む方向が違う場合は

 

「それは違う道だよ」というのではなく

 

「あっちの方に君の道があるよ」と教えている

気付くように足を止める場合があるのだ

 

気付けばその体の不調は治まるし

 

気付かないと悪化する場合もある

 

 

 

それから

 

魂の課題として

 

病から何かを学ぼうとするときは

 

避けても避けられないことがある

 

これは当たり前の事なのだ

 

瞑想しようが標準治療を受けようが

 

一生懸命治療していても

 

効果が一向に上がらないこともある

 

 

 

ここで一つ知って欲しいのは

 

 

自分の病に向き合って

 

アレコレ試すのは自由だ

 

バッチフラワーやホメオパシー

 

ヒーリングなど

 

標準治療以外のものを試すのは

 

本人の自由

 

病が魂の課題であれ何であれ

 

試すのは自由なのだ

 

しかし

 

焦点をどこに当てているかは

 

もっと大事であることを知ってもらいたい

 

 

そして

 

病は決して罰ではないし

 

自ら産み出したモノではないと

知って欲しい

 

 

次回

 

身体が不調の時にやって欲しい事

 

 

 

 

 

愛を学ぶなら

 

愛が溢れる両親の元に行けば良いのに

 

私もそう思う

 

でも

 

それじゃぁ

 

学べない愛もある

 

 

愛の伝道師は、なぜ毒親の元に行く??

 

 

愛がある家庭では学べない愛は

 

厳しい愛だ

 

ダメ親に対して

 

それではダメだ

 

間違っていると

 

伝える教師役が必要なのだ

 

故に

 

愛の伝道師たちは

 

毒親を選んで生まれてくる

 

お父さん、お母さん

 

それではダメですよと

 

もし、あなたに子どもが居るなら

 

この「叱る」「注意する」ことが

何より難しいことが分かりやすいと思う

 

叱っても注意しても

子どもは一筋縄ではいかないでしょう??

 

何度宿題をしろといってもしないし

 

片付けろといってもしない

 

開いた口が塞がらない

 

それほど難しい

 

親が子に対して難しいんだから

 

その逆なら何十倍も難しい

 

だからやりにきた

 

難しいことに挑戦すると

 

自分の魂が磨かれることを

 

我々は知っているから

 

だからやって来た

 

思い出して欲しい

 

自分本来の目的を

 

 

そして

 

よーく世間を見て欲しい

 

 

毒親であればあるほど

 

子どもが多い特徴もある

※全てではない

 

 

 

それは長男長女たちのように

一番最初に出向いた伝道師だけでは

難関過ぎるので

月々と助っ人たちがやってくるのである

 

しかし

 

魂の記憶がすっかりない伝道師たちは

 

本来の自分を取り戻す前に

次々と毒されて

 

いつか丸ごと毒に浸り

同じ間違いを繰り返してしまうわけだ

 

 

だから私たちのような人間が

 

魂本来の記憶を

 

少しずつ取り戻すよう

 

呼びかけるのが大切なのである

 

 

例え本人に届かなくても

 

 

 

次回

 

病気は罰なの?それともメッセージ?