~のようなもの

 

塾のようなものというのは塾っぽいけど塾じゃない。

 

『バールのようなもの』という清水義範の短編集がありまして、興味のある方は読んでみてください。

 

  キャバクラのような塾

 

 

「キャバクラのような塾」という記事を見かけまして、コバショーさんも取り上げてらっしゃいました。


「キャバクラのような塾」はキャバクラでもないし、塾でもないことは明らかです。私、キャバクラのようなものには足を踏み入れたことはないので、よく分からないですが。

 

  個別指導塾

 

キャバクラのようなものには足を踏み入れたことはないものの、キャバクラには行ったことあります。まあ、あまり好きではないです。若かりし頃、師匠のお伴で片手で数えるくらいしか行ったことないです。高いお金を払う価値があるとは思えないので、自分では行ってないですねえ。

 

ですが、キャバクラのような個別指導塾では働いていたことがあります。この記事を読んでみて、ああ、あれはキャバクラのような個別指導塾だったんだなと30年越しに気づきました。

 

気に入らない講師を生徒は外すことができました。レギュラーで教えている生徒から外された経験はないです。むしろ、年末にはお歳暮のようなもの(何かは言えないが、講師が直接受け取るのはゴニョゴニョ)を頂ける程度には信頼されていました。

 

あるとき、中学一年生の女の子が定期試験前に数学を臨時で教えて欲しいとリクエストがあり、塾からヘルプに入るように言われました。普段は別の先生が教えているけど、都合がつかなかったんですね。

 

で、非常に驚いたことに、(そこに至るまでの話ははしょりますが)その生徒さんは1/2+1/3を2/5と計算することが判明。でも、3/6+2/6は5/6と計算する。あら不思議。いや、定期試験以前の問題で、土台が狂いすぎててどうしよう。レギュラーで教えている先生はいったい何を教えているんだって話ですよ。

 

で、結局、授業一コマたしか90分くらい過ごしたわけですが、たぶん何一つ身に付いていないわけです。手遅れになる前に小学校の基礎からやり直さないといけないわけですよ。

 

で、後日、「やっぱり女の先生がいい」と生徒に言われて私に声がかかることは二度とありませんでした(お前の教え方がなってないという直接的なクレームじゃなかったのは相手の優しさか)。


90分楽しく過ごして勉強した気にさせることが仕事なのであって、相手に正しく理解させようなんて勘違いを起こしてはいけないんだと気付きました。私もまだ二十歳そこそこでしたからね。世の中の仕組みを理解していない若造だったんです。今ならよく分かります。キャバクラで学んだし。

 

その個別指導塾はもう潰れて(吸収されて?)存在しません。

 

  勉強した気にさせる

 

なお、勉強した気にさせるという方向性は間違っていないとは思います。うまく乗せて、本人のやる気を高めて、自分で机に向かうようにすればいいんですから。時給1000円(当時)じゃそこまでやってらんないかもしれません。お歳暮のようなものをたくさんいただけたら、あるいは。そもそも、バイトの大学生にそんなスキル備わってねえ!ってのが結論。


今ならもう少し上手く立ち回れるように思います。ただし、息子相手には効果がないみたいだ。キャバクラだって同じように、嬢の家族は楽しめないでしょ。親が子供に勉強を教えちゃいけない理由はそういうことなんですね。絶対違う。