男は、ゆっくり机の引き出しを開けると、拳銃を取り出し、そこで銃口を俺に向けた。
再び歩き出したが、銃口を俺から外さない。
一歩ずつ近づいて来る男の眼は、獲物を見つけた獣の様にギラギラと光っている。
カチカチと、弾を送る音だけが高い天井に響いた。
撃たれる・・・・・その鋭い眼光は、俺を確実に撃つ事を意味している。
冷たい銃口が、とうとう俺の額に当たった。
「五月蠅いぞ。」
更に銃口を押し付け、酷く曇った声で俺の顔を上から見下ろしている。
「“コレ”を腹に当てられたまま俺は香港に来たが、文句なんか言わなかったぞ。」
「彼、日本人なの・・・。でも、今は香港マフィアのトップよ・・・・。」
俺の額に押し付けられている拳銃を『危ないわ。』と言って男から取り上げ、あの女が言った。
「お前が居た組の本部とは“業務提携”しているんだ。本部のヤツラは、この話しを割と楽しそうに引き受けたぞ。」
俺の隣に腰を降ろしながら、男は笑った。
さっき迄とは、別人の様に笑っている。
何笑ってんだ・・・・・。
どんな想いで、このひと月駆けずり廻ったと思ってんだ・・・・。
俺だけじゃない・・・・・
仲間もアニキも・・・・。
「シン・・・。彼の傍で仕事しなさい。此処で仕事をして生活をして、前の組の事なんて忘れて、イチから始めましょう。」
目元を動かさず、微笑みかけながら話すあの女の顔は、俺が知ってる“サラ金会社の柊
さん”だった。
いつも、こういう顔して借金まみれのグズグス言う客を宥めてたっけ・・・・。
「なっ、 俺が他人から指図されたり縛られたりすんの嫌いだって解っててそういう事言うわけ?」
「トップに成りたくないの? 此処で仕事するのは、そんなに嫌なの?」
「嫌とか言ってる次元じゃねぇんだろ? もうアンタらの内じゃ固まってる話だろ。」
在り得ない・・・・。
絶対、頭が可笑しいんだ・・・。
前の男を亭主に育てて欲しいなんて言うか?
コイツも、変だ。
引き受けるか? 普通。
本部のデブが、爆笑してた意味がよく解った。
こんな話、笑わない訳がねぇよ・・・
この男何考えてんだ。
・・・・・・それとも何か“裏”でもあんのか?
「腑に落ちないって顔してるな。」
俺の考えている事を見抜いた様に、暫くの沈黙の後男が口を開いた。
「はい?」
怒りは、もう無い。
呆れた様に、返事をして男の顔を見た。
「さっきも言ったはずだ。妻の苦しみを排除するのが、夫の役目だ。美香は、お前の事で苦しんでいた。おそらく、愛情・・・いや、母性かな? 私は、そんな美香を私の我儘だけで、此処へ連れてきてしまった。」
「自分で決めて“奥さん”は来たんでしょ? 誘拐したわけじゃあるまいし。」
あの女は、握りしめていた拳銃を『戻してくるわね。』と、静かに言って立ち上がると、俺に背を向けた。
その顔を見たかった。
どんな顔をして、その話を聞いているかを見たかった。
「誘拐かっ、そういう手もあったな。」
男は静かに笑い、テーブルの煙草に手を伸ばすとそれに火を点け、大きく吸い込んだ。
「いずれにしても、これは現実だ。それが嫌ならお前を剥製にして、美香の横に置いておくしかないな。」
男は、こっち歩いて来るあの女の顔を観て微笑んでいる。
あの女は腰掛け俺の顔を見ると、ゆっくりと瞼を閉じた。
「もう“成海信哉”は、この世には存在してないの。」
その目を閉じた顔に、俺は今迄の全てを諦めた。
窓の外は、激しい雨が降っていた。