翌日、親分の話を俺は今日までの人生最大の怒りで聞いていた。
俺が関わった女を女房にした男が、ウチの組が所属する団体の本部幹部で、そいつが糞みたいな事にその慰謝料として、俺に三千万円要求してきた。
用意出来ない時は、俺個人にでは無く、組に対しての絶縁状を出す、だそうだ。
「自分には覚えがありません・・。」
ヤクザ世界では滅多に無い【陳述】を親分から許された俺が言えたのは、それだけだった。
「期限は一か月だと本部では言ってきた。
それも、金は組が用意する事は法度で成海に用意させろと、言ってる。組としてはすぐ、用意出来るんだが、何処からそれが、漏れるかわからんしな・・・。で、本当に何も心当たりがないのか?組に絶縁状を出されれば、お前が死ぬくらいの事じゃ済まない話なんだぞ?」
穏和な性格で『仏様みたいだ。』と俺ら仲間内で言ってる親分は、声を荒げることも無く穏やかな顔で静かに話した。
その穏やかさに何とも言えない重圧を感じながら俺は、正座した膝に充てていた指を、血が滲むほど喰い込ませて、その話を聞いていた。
「成海に作らせます。」
アニキは頭を下げ、親分に詫びながら言った。
この場で指を落とすつもりなんじゃないかと、畳の縁に揃えられているアニキの手を、アニキより更に深く頭を下げて見つめた。
「沢村・・・・。本部からまた連絡があるだろうから、その時まで勝手するなよ。
成海・・お前もだぞ。」
やっぱり、『仏様』だ。
帰りの車の中で、アニキに今まで関わった女の名前を全部言わされた。
そして、その女が何者で、その経緯を思い出せる限り次々と申告していった。
だけど、本部のヤツらが女房にするような女なんて全く思い浮かばす、ましてこんな田舎の女が、しかも俺がヤッた程度の女を女房にするなんて考えられなかった。
アニキはイライラして二度怒鳴った。殴らなかったのは、おそらく俺が本当に分からない事だと信じてくれたからだろう。
やっばりアニキは兄貴だ。
「しかしよぉ、三千万か。強盗するっか、宝くじにでも当たんねぇと一か月で作るなんてムリだよなぁ。腎臓売ったってイイとこ三百だしな・・・おっ!十人分売ったらなるじゃねぇの!成海、集められるか?」
「いや、キビシイです。」
もう、何がなんだか分らなくなってきてるアニキは『アイツと、アイツ・・・』と、指を折り始めていた。
それを横目に俺は、ひとつだけ金策手段を見つけていた。
旨く事が運べばかなり確実な手段だ。
あの女に言ってみようと思っていた。家を売って金にして、それを貰う。
それしか、無い。
きっとあの女なら、絶対に『いいよ。』といってくれる。
今迄だってそうだった。おれが言った事に反対はしない女だった。
いや、反対だったとしても、俺を手伝ってくれていた。
あの女は、俺を無条件で助けてくれる母親以外で、唯一の女だ。
「アニキ。自分、柊に家売ってくれって言ってみます。」
折った指が六本で止まっていたアニキの顔が明るくなった。
「おぉ~その手があったな!早く言えよ。けどよ、ローン残ってたら売っても金残んねぇぞ。まだ、新しい家だったよな?」
「もう、無いらしいんです。前の男が全部払ったって言ってましたから。」
あの女の前の男は、地元の高額納税ランク3位内に毎年入る会社の2代目社長だった。
俺らの業界には本人に聞くまでも無く、そういう“ネタ”は自然と入ってくるもんだ。
「あぁ、あの社長からひっぱったんか。」
ハンドルを片手で握り、あの女の家に電話をしたが、出なかった。
舌打ちして、携帯に掛けなおした。
コール3回で『はい』と、出た。その声は、いつもの優しいあの女の声だった。
確か、電話をしたのは2、3週ぶりだった。
あの女は何日電話をしなくても、『今まで何してたの?』的な事を言った事が無い。
『心配してた。』とは言うけどそれ以上の事を言ったり聞いたりしたりしなかった。
女に束縛されるのが、大嫌いな俺にとって、それは“居心地が良い事”だった。