第一章

   あの子を愛する為に あの男に愛され

   あの男に愛されて あの子を愛し続けた

 

五日間の大阪での研修を終えて、自宅で今シャワーを浴びている。それにしても変な男だった。

ホテルのラウンジで『あしたは帰るだけだし、パァ~っとお疲れさん会しよっか!』と

研修仲間数人で飲んでいる席に、最上級のシャンパンを両手に持ってあの男は現れ『一緒に香港へ来て頂けませんか?』だもの。一瞬唖然としたけど笑ってしまった。

 

今朝、チェックアウトをして同僚を待つ為にロビーのソファに座っていると、フロアーの向こうを男二人と歩くあの男に気付いた。

あの男も私に気付き、手を大きく振りながらわたしの前までやってきた。

「この番号なら、何時でも出ることが出来ますから。」

香港らしき住所と携帯番号が書いてある、紙質の良い名刺にプラチナ色のペンで、それとは別の携帯番号を書き込むと私にそれを差し出した。もう片方の手がひらひらと“頂戴”をしていた。

研修仲間に渡すために作ったプライペート用の名刺を差し出しながら、私は微笑した。

地元の空港に着くと、二時間前の移動中に電源を切っておいた携帯を起動し、メールの着信と伝言をチェックした。


期待はしていなかったが、やっぱりあの子からの連絡は無く、勤務支店からの伝言と、未登録のメアドからのメールが一件入っていただけだった。あの男からのと、すぐに察しはついた。

I love you再会を信じています。】今時ストーカーか、ひと昔前のホストしか言わない台詞だ。

「アイラブユ~ねぇ・・・。」

あの子の事をまた、思った。私はあの子に『大好き』とは言っても【愛してる】とは言った事がない。

心が締め付けられるほど、深く激しく愛しているのに、その一言が言えないでいる。

世の中にはこんなにも簡単にその一言を言える人が居るのに。

空港から出ているリムジンバスの中で、あの子にメールを送った。

 【リムジンに今乗りました もうすぐ帰ります ハヤマ】

十分過ぎた頃、返事がきた。

 【お土産は?】

相変わらず、そっけの無いメールに私は、クスットと笑った。

 【ありません ・・・ウソよ 楽しみに待っててネ ハヤマ】

その後、少し迷ったがあの男にメールを返信した。

 【ひょっとして 私をからかってます?】

送信した後、やはり後悔をしたが、もう手遅れなので放っておく事にした。

リムジンバスを降りるまでの間にあの子からも、あの男からも、返信は無かった。

タクシーに乗り換えてすぐに、あの子からの着信と判るメロディが流れ、私は少し頬が紅潮した。

「おっかえりぃ~!今、どこら辺?」

あの子の声は思いがけず明るくて、私を更に嬉しがらせた。

「ただいまぁ。今ね、タクシーに乗ったところだから、後十五分位で着くよ。」

「そっけ。後で行けたら行くから。」

「うん。」

電話を切った後、疲れていて他人と話なんてしたくない筈なのに、私は機嫌よく運転手と話し、一六四〇円の料金に二〇〇〇円差出『お釣り、いいですよ。』と言ってタクシーを降りた。

 

あの子がいつ来ても良いようにと、シャワーの後お香を焚いた。

「いい匂い・・・。」

あの子の好きなサンダルウッドの香りが白煙とともに広がってゆく。


チェストの上の留守電がメッセージのある事を知らす点滅をしていた。

二件入っていて一件目は無言で切れていた。

二件目はあの男からのものだった。


『・・お帰り。昼間は、ありがとう・・明日メールをします・・じゃぁおやすみ・・』


私が返信した後の時間に入っているからあの質問の返事をメールでするつもりなのだろう。

初めてのメールに“I love you”と書くのだから、その内容を想像すると笑えた。きっとゲップが出るほどに甘い言葉がずらずらと並んでいる筈だ。


「本当にへんな男・・・。」


留守録を消去しながら少し笑った。

 

ピンポ~ン♪


玄関のチャイムが鳴った瞬間、私の頭からあの男がサンダルウッドの香りとともに消え去った。