産婦人科のハナシとなると、つい熱くなる くらら=しゅーまんです。

お読みくださり、ありがとうございます。


産婦人科って、本当に特殊な科だと、つくづく思います。

パッコロリン(二男一女)のママとして、小児科にお世話になってばかりの日々ですが、

小児科問題よりも、産婦人科って、はるかに深いテーマだと思うのです。


もちろん、どちらが大事とか、そういうレベルの話ではありません。


私が、現在住んでいる自治体の産婦人科のあり方について、ものすごく憤りを覚えるのは、

「人権」という考え方がまったく感じられないからです。


「お産でヨメが死んだら、また次もらえばいい」

「赤ちゃんが助からなくても、またつくればいい」

といった感じで、女性や子どもを人格を持った一人の人間として扱っていない気がするのです。


少なくとも、直接利害関係がないはずの、つまり利用者ではない住民が、


腸(はらわた)が煮えくりかえる


と思うような産婦人科経営を公設公営の病院でやることは、

いくらなんでも21世紀には、まずいと思うのです。


お産は母子ともに命がけですから、万全を尽くしてくださっても、100%ということはないかと思います。

でも、ビデオ撮影を禁止したり、パパの立ち会いを頑なに拒んだりするくらいなら、

ぶっちゃけ、その程度の医療しか提供できないのであれば、

「やめる」という選択をするほうが無難なのではないでしょうか。


「それで満足している人もいるのだから・・・」

という考え方もあるかもしれません。

でも、それならば、自分に直接関係がなければ、

本人や家族がそれで良いと思っているならば、

何をしても構わないのでしょうか。


どうしても夫に見られたくないとか、パパが血を見るのが怖いとかいうことでなければ、

妊産婦も夫も出産立ち会いを希望した場合、立ち会ってもらうことで、多少なりともお産はラクになると思います。

分娩時間が短くなるとか、出血量が減るとか、産後の肥立ちが良いとか。

陣痛の最中にも、赤ちゃんにも酸素が届きやすいと思います。

出産後も、パパは育児により積極的になれるかと思います。

何も、帝王切開をさせてほしいとか、そのような無茶を言っているわけではないのです。

「パパがその瞬間にいる」「産声を記録する」ことが、医療の安全性を妨げたりはしないのです。


しかし、それでも希望するスタイルのお産に応じられないのであれば、

それは「理不尽」としかいいようがないと私は思います。


病院の看護師さんも自治体の職員さんも、

自身や身内のお産は、違うところでしているという話をよく聞きます。

「市民にどうぞ」「私も利用していますから」と言えないような行政サービスなら、いさぎよくやめるべきではないでしょうか。


それか、いっそのこと、

未熟なドクターにダメ出しを「めいっぱい」して、

「育成する」という方法もあります。

以前にTVでみました。

「ここの説明がわかりにくかったですよ」とか、市民ボランティアがダメ出しするという斬新な方法。

税金を投じるなら、それぐらいやるのも一つのテかと思います。

それか、民営化しちゃうか。


「よくもまあ、これで市民が何も怒らないものだなぁ」、と常々思ってきましたが、

石の上にも三年。

「妊婦さんから、こうしたい、こうしてほしいという声が上がっています」

とドクターに言ったら、上役に呼ばれて退職に追い込まれた

などという話を、最近ちょくちょく耳にするようになりました。

本人さんがおっしゃるケースも出てきました。

それって、エジプト や リビア と何が違うのでしょうか。

「地方の公立病院にはドクターのキテがないから」

というのであれば、そんなのやめちゃえばよいのです。


身分の高い武士なら通りすがりの人を斬ってもよかった、とか、

埴輪ができる以前は、家来も主君と一緒に墓に生き埋めになっていた とかいう時代ではないのですから。


これで私が攻撃を受けるようでは、自治体として社会としての発展は望めません。


中国人のパワーに負けず、どんどん書いていこうと思います。


うちの自治体も民主化できるように。