小説を読んでいて、「あっ、これは俺のことが書いてある!」と衝撃を受けることがある。

 

私にとってドストエフスキーの『地下室の手記』はそんな一冊である。

 

人生は不条理である。

若い時代には、スポーツとか勉強とか恋愛とか夢に向かって希望をもって努力するが、体力・知力・容姿の格差から挫折を経験する。

いくら頑張ったとしても必ずしも報われるわけではないという厳しい現実がある。

だから若者は自分の世界に引きこもろうとする。

そして現代でいえば、暗い自室からネットで他者を口ぎたなく攻撃する。

 

いま思えば、自意識が高いがゆえに、私の高校時代も似たようなものだった。

私にとっては、青春時代なんてけっして明るいものではなく、暗いものである。

 

社会に出て、そんな自意識が木端微塵にされてしまうと、客観的な自分自身を受け入れざるを得なくなる。

あきらめ なのか 妥協なのか、それとも大人になるということなのか。

いつしか現実社会と折り合いをつけて生きている自分がいる。

後悔も反省もしているわけではない。ただ、それが私の今に至るまでの人生だったのだ。

 

この『地下室の手記』は、久々に私が忘れていたむかしの記憶をたぐりよせ、私の心の中をえぐる小説であった。