眠いような…頭がモヤッとしてるけど書けるかな~(笑)
ここんとこ、いろんな事から気付きのヒント?というかメッセージを感じる。
先日もジェラシーについて書かれた記事を拝見して、
気付きのヒントだ!と直感的に思ったのです^^
んで、ちょうど、iPhoneでマインドマップ系のアプリを落としたので、
それを使って思いつく事を書き出してってみようと思った。
自分の中のごちゃごちゃを整理するのに便利だ。
それで↓この内容"ジェラシー"についてである。
ジェラシーを感じる側としても、
ジェラシーを主張される側としても、
両方のベクトルでジェラシーについて
思い当たる状態や感情、ワードを書き出してみた。
私個人の思いつく範疇でしかないし、
これが正解か間違いかという話ではなく。内観の為に。
ひたすら思い浮かんだ事を逐一書き込んでいった。
いろんな枝葉がある。大まかには4つ?ほどの大きな枝で書いてみたが、
書いてみて、位置を動かしたり、俯瞰して全体像を眺めたり。
また書き足したり。
そうしてるうちにふと気付いた事があった。
共通点?が多いというか、ね。帰結する答えは一緒になる、というか。
うまく書けるだろうか~。
でもぜひメモっておきたい事なんだよな~…
頭や知識としては解っているだけだったのが、
ようやく腑に落ちたような感覚なのだ。
なんというか…
"優越感" "劣等感"とか "愛する" "愛される"とか
対極というか逆のベクトルというか、相互の関係のようなものだけど。
同じなんだと気付いた。
そこに"比較"という天秤があるだけで、
どっちがどうとかいう判別をされやすいけど、
源は一緒、というのかなぁ。
優越感は劣等感があるからこそ、人に対して主張するし、
劣等感を感じたという事は、それまで優越感に浸っていた事に他ならない。
自分のこれまでの色んなケースを思い出しても当てはまる。
源は"愛"だと思う。多分きっと人は自分を愛したいから。
愛するは、愛してもらいたいだろうし
愛されたいは、愛しているから。
無償の愛は何だろね、世界を愛したいからかな。
相反すると思っていた事は、同等?相互の関係なんだな、としみじみ思った。
顕れ方が違うだけで、多分同じ、ひとつの感情。。
はじまりはいつも愛、なんだなと思った。
「愛することは愛されること」なんてよく言われるけど、
それが聞いた知識っつーか理屈じゃなく、なるほどなとしみじみした。
相反すると感じてしまうのは、比較しているからで
だから取り残されたような、孤独のような分離感を感じてしまう。
集団心理も比較に寄るトコロも大きいのだろうな。
愛は過剰でも足りなくても比較や分離を生むのかも。
それで自分を見失ったり、嫌な思いをしたりもする。
でも、その根っこはやっぱり"愛"なんだとようやく腑に落ちた気がする。
根っこの先端をちょっとだけ触れたような気がして、
胸の奥がじんわりと氷が溶けるように、暖かくなった。
なんでジェラシーについて内観したかったかというと、
過去嫌な思いをした後味の悪い経験で、議論したり、改善しようと努めても
未解決でうやむやになるような事が多くて。
ジェラシーについては私のパターンの一つなんだ…と気付きをもらえた気がして。
そう合点がいったという事は、今が考え時だなと感じて
解放したいなーと思ったのでした。
なので、多分この内観した先で
自分のパターンを当てはめて、どう捉えどうして行くか、なんだろうな。。
分離感って、多分とてもシコリになる感情で
一度感じたものはなかなか消せるものではない。
パーッと払拭!なんてのは、かなり一発逆転な状況になった時だろう。
地道に出来る事といったら、
媚びる訳じゃなく、自分らしく心を開いている事しかないと思った。
根っこにある愛の感覚を離さずに、出来る限り普通に接する事なのかもしれない。
そのためには、
自分らしく、気を散らさずに、ブレずに
自分自身を誠実に生きる事しかないのかもなぁ、と思った。
iPhoneからの投稿
ここんとこ、いろんな事から気付きのヒント?というかメッセージを感じる。
先日もジェラシーについて書かれた記事を拝見して、
気付きのヒントだ!と直感的に思ったのです^^
んで、ちょうど、iPhoneでマインドマップ系のアプリを落としたので、
それを使って思いつく事を書き出してってみようと思った。
自分の中のごちゃごちゃを整理するのに便利だ。
それで↓この内容"ジェラシー"についてである。
ジェラシーを感じる側としても、
ジェラシーを主張される側としても、
両方のベクトルでジェラシーについて
思い当たる状態や感情、ワードを書き出してみた。
私個人の思いつく範疇でしかないし、
これが正解か間違いかという話ではなく。内観の為に。
ひたすら思い浮かんだ事を逐一書き込んでいった。
いろんな枝葉がある。大まかには4つ?ほどの大きな枝で書いてみたが、
書いてみて、位置を動かしたり、俯瞰して全体像を眺めたり。
また書き足したり。
そうしてるうちにふと気付いた事があった。
共通点?が多いというか、ね。帰結する答えは一緒になる、というか。
うまく書けるだろうか~。
でもぜひメモっておきたい事なんだよな~…
頭や知識としては解っているだけだったのが、
ようやく腑に落ちたような感覚なのだ。
なんというか…
"優越感" "劣等感"とか "愛する" "愛される"とか
対極というか逆のベクトルというか、相互の関係のようなものだけど。
同じなんだと気付いた。
そこに"比較"という天秤があるだけで、
どっちがどうとかいう判別をされやすいけど、
源は一緒、というのかなぁ。
優越感は劣等感があるからこそ、人に対して主張するし、
劣等感を感じたという事は、それまで優越感に浸っていた事に他ならない。
自分のこれまでの色んなケースを思い出しても当てはまる。
源は"愛"だと思う。多分きっと人は自分を愛したいから。
愛するは、愛してもらいたいだろうし
愛されたいは、愛しているから。
無償の愛は何だろね、世界を愛したいからかな。
相反すると思っていた事は、同等?相互の関係なんだな、としみじみ思った。
顕れ方が違うだけで、多分同じ、ひとつの感情。。
はじまりはいつも愛、なんだなと思った。
「愛することは愛されること」なんてよく言われるけど、
それが聞いた知識っつーか理屈じゃなく、なるほどなとしみじみした。
相反すると感じてしまうのは、比較しているからで
だから取り残されたような、孤独のような分離感を感じてしまう。
集団心理も比較に寄るトコロも大きいのだろうな。
愛は過剰でも足りなくても比較や分離を生むのかも。
それで自分を見失ったり、嫌な思いをしたりもする。
でも、その根っこはやっぱり"愛"なんだとようやく腑に落ちた気がする。
根っこの先端をちょっとだけ触れたような気がして、
胸の奥がじんわりと氷が溶けるように、暖かくなった。
なんでジェラシーについて内観したかったかというと、
過去嫌な思いをした後味の悪い経験で、議論したり、改善しようと努めても
未解決でうやむやになるような事が多くて。
ジェラシーについては私のパターンの一つなんだ…と気付きをもらえた気がして。
そう合点がいったという事は、今が考え時だなと感じて
解放したいなーと思ったのでした。
なので、多分この内観した先で
自分のパターンを当てはめて、どう捉えどうして行くか、なんだろうな。。
分離感って、多分とてもシコリになる感情で
一度感じたものはなかなか消せるものではない。
パーッと払拭!なんてのは、かなり一発逆転な状況になった時だろう。
地道に出来る事といったら、
媚びる訳じゃなく、自分らしく心を開いている事しかないと思った。
根っこにある愛の感覚を離さずに、出来る限り普通に接する事なのかもしれない。
そのためには、
自分らしく、気を散らさずに、ブレずに
自分自身を誠実に生きる事しかないのかもなぁ、と思った。
iPhoneからの投稿
