自分の意志とは別の不随意な部分が、
立ち上がろう、立ち上がろうとしている。

喜怒哀楽、一喜一憂よりも、ずっと奥深くで。

そんな時。これでもか、これでもかというほどに、
取り戻した気力をぺしゃんこにされる出来事が、起こってくる。

その都度思う、
こんなに感情を他人に向けて放出したことがあっただろうか、と。

ようやく取り戻しかけた気力をまたくしゃっと踏み潰された。
神経過敏になっているのかもしれない。とも思う。

でも、いまの自分は通常の状態じゃないので、致し方なくもあり、
いま出てしまっている反応が、本当は自分が感じたそのままなんだろう。

潰される度、生きる意味が見つからなくなる。いまは。
これまでこんな風に感じたことなかった。

それほど、自分の理性やコントロール出来る閾を超えた出来事だったんだな、と思う。


またひとつ山が来ていて、まだその最中だけど、
少しだけ落ち着いてきて見えてきたことがある。

あたしに起こっていることは、ゼロになるべく起こっているんだ。
どうしても手放せなかったものを振り落として、まっさらになるために。

そう思ったら、すべてが繋がってると感じた。
別々の事件のようで、すべてはそういう目的?のために起きているのかも。。



母と分かり合いたいとずっと思っていた。あきらめない、と。
でも、それがぷつんと切れてしまった。
母自身も無意識なほどの、ささやかな言葉で。

もういいや。あきらめよう。分かろうとすることを止めてみようと。
そう思ったら、
それも執着になっていたのかもしれない、とするんと感じた。

私は紆余曲折があって母と理解しあえたらと思ってきたけど、
母からしたら、それって一体何のこと?って話だろう。
これ以上、自分の感じてた事を伝え続けても母には受け取る気持ちが全くない。
(少なくとも、いまは受け留められずに拒否している)

ただ、いい大人(ってか中年だよ!w)になってるのに、何の迷惑もかけてないのに
これ以上必要以上に干渉したり、意見を押し付けたり、選択を奪うようなことだけは
止めてもらうよう、しっかりまっすぐ話そうと思う。
親子とはいえ、お互い独立した個として大人としてよりよい距離感(境界線)を持とう、と。

分かり合おうとして、自分の事を話して理解を求めることも、感情をぶつけてしまうことも
それはそれで私側の甘えだな、としみじみ思った。
母にだって、受け留められるようになるタイミングだってあるだろう。
(それが今生じゃなかったとしても。苦笑)
伝えたことは無駄ではなかったと思うけど、これ以上は気まずさだけが募るだけな気がした。

いつか届けばいいや、くらいの気持ちで、
最低限のことを伝えよう。 もう少し気持ちが上がってきたら。


これまでも激しいやりとりだったけど、
今回こそは、かなりでかい気がするな。
でも大事な存在だからこそ、ここまでぶつかることを厭わないし、
大切に思うんだよね。。


傷つけちゃったかもと思うと、母にごめんと思いつつ。謝らなきゃね。
でも、伝えるべきことをきちんと伝えることが、いま必要なことって気がする。

書けば書くほど、親不孝者ってカンジね(苦笑)