前の記事にも書いたように、オーラソーマのボトル84番を先週から使っています。
これは母親との関係がうまくいってない人に効くボトルだそうです。
こちらからの抜粋なんですが↓↓

2本目に選ばれたときに、チャレンジとなる性格的側面:
自分が十分な愛を受け取っていないと感じています。
特に女性の役割モデルが関わっていく領域において(例えば母親からの愛)、それが顕著です。
したがって、女性性全般に関して恨みを抱いています。
おそらく生まれてきたあとの最初の愛の体験で落胆を経験した人です。怒りをたくさん抑圧しています。

というのが、カウンセリングを受けた後だと、すごくすんなり染みてきて
わかるな~~~としみじみ思う今日このごろwww

そうそう、あたし確かに、女性性全般に恨みあったと思う。
生まれたあとの最初の愛の体験って、母親だよねw
母は赤ん坊のあたしが泣くのがうるさくて押入れに閉じ込めたわ☆ワハハ~と豪語するような人なので
落胆してるってのもなんか頷けるな~と思ったり苦笑

母のことをカウンセリングで聞いて戴いた中で、かなり母に対する理解が深まって。
まぁ、、残念な部分の多い母なんですが、母は悪気が全くないし、
母はとても傷ついていて、娘の頃で心の時が止まってしまっているのだろうと
薄々感じていたことがよりしっかり理解出来て、接し方もアドバイス戴けて。
目からウロコな気付きがテンコ盛りで、気持ちの抵抗も少し落ち着いてきて。

そんな中、こないだの週末。
母から華展(いけばなの展示)のお知らせ葉書が届いていた。
展示のある場所が、うちから徒歩でも行ける場所だったので
体調がまだ微妙だったんだけど、行ってみた。
せっかくボトルも使ってるんだし、母の作品を見て何か感じてみるのもいいかなと。
最近、見に行けてなかったしなw、と。

それは市の華道連盟での展示なので、いろんな流派が集っていてあれこれ見るのも楽しい。
端から見てって、母の作品は最後のほうにあった。

$カレイドスコープの向こう側 -tsuri.jpg

なんか、最初に見た時は、瞬間的に寂しそうだなと思った。
でも、その後見てるうちに「母だな」と思った。黄色い菊が母を感じさせた。
うまく言えないけど、、凛としたものを感じて、母の芯だなと思った。
なんつーか~~~、母の魂のカタチを見たような。
いや、華体は幾パターンもあります。でも多分、どんな華体でいけていても
「母の魂のカタチだ」と思っただろうと思います。

写真ほんとに下手だけど、近くでみると地味です。花の数も少ないしねw
でも、後ろに下がってパンして遠くからみると、とても遠近感があって奥行きが出る。
釣瓶で入れてるのは今回たまたま母だけで、地味だけどすごく引き立っていた。
枝や花の種類が少ないほうが入れるのは難しい。
その少ない枝の曲線、花の立ち姿、奥行き、空間・・・。詫び寂びの極みだ。
音楽もそう。音符も大切だけど、より休符(空間)の方が大事。引き立たせるために。
(あ、一応あたしも母から少し習ってたので。苦笑)

しばらく母の作品の前に、後ろに下がって立ち眺めた。
どんなに日常つらい言葉を投げてきていても、取り乱していても、
これがきっと母の姿なのだろうな、と思いながら。

で、しばらく見て、相方と祭りを見に行く約束があったので、その場を後にしようと思ったら
母と偶然会ったwww 「見にきてくれたんだ」と嬉しそうだった。
今回すごく詫び寂び感が素敵だね、秋の雰囲気でいいね!なんて話したら喜んでた。
受け入れられる、認められるって嬉しいことだもんね^^
他の花も一緒に見ながら、この花は何?とか、これは森を彷彿とさせるねとか話した。

で、時間が来たのでその場を後にしたのだけど、
たったそれだけだけど、母との間の空気が柔らかくなったのを感じた。
84番のボトルも後押ししてくれたように思います。
表面ではなく、その奥にあるものを見れるようにと・・・。

素敵な秋の日でしたもみじ^-^*