「ひとは筆跡を誤魔化そうとしても文章、文脈のクセは変えられない」
そう教わったのは学生時代の授業中だったと思う。
SNSが発達し筆跡は見えなくなった。
しかし文章や文脈はそのまま出てしまう。
私は主にTwitterを使うがいつだったか
柑橘系フルーツの名前のブロガーさんに
「噛み付いて」いるブログを見つけた。
その方はコメント欄を閉じているのでフルーツさんは個別に返答できない状態だった。
働きたくても色んな事情で働けない人に
パートを増やせば良い。
自慢。ブランド品の名前。そして「笑」を付けるクセ。
なぜいちいち絡むのだろう。
ご自分のコメント欄は閉じているのに。
自慢をすれば、いや、したつもりは全然ないのだけども、他人は自分を羨ましがる。そして自分は妬まれ僻まれる。
そうブログに書いていた。
どこに羨ましい箇所があるのか。
妬まれ僻まれているのではなくて
嫌われているだけ。そう思わないのはなぜなのか。
買って貰うより自分で購入できる方が幸せというのなら今にも壊れそうなスマホを即、買い替えできないのはどうしてなのか。私はスマホの機種変をいちいち夫の許可を取らずにしている。
帰宅してスマホを機種変した、と言えば済む話。
夫もつい先日突然不具合を起こしたスマホを即、買い替えていた。
仕事上、困るからだ。
私の子供は会社員だからApple社が発表した最新機種を発表後にオンラインで即座に購入していた。
いつダメになるかわからないスマホを週末まで持つ、という生活は私や私の家族は耐えられないと思う。
欲しいものは好きに買っても良い。いちいち言わなくても欲しいならば必要ならば買えばいい。私の夫は言っているんだけど。
(ブログのコメント欄も、あの人のブログも私の夫も読んで苦笑)
「笑」を真似てみようか。笑
コメント欄で返信してから、自身のブログで本音を上げるのは柑橘系フルーツさんの時と全く同じ。
私のコメント欄に来られるのはご遠慮願いたい。来ないで下さいね。