大川原化工機事件・人質司法の記録 | 空気を読まずに生きる

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弁護士 趙 誠峰(第二東京弁護士会・Kollectアーツ法律事務所)の情報発信。

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以下は季刊刑事弁護(現代人文社)116号 刑事弁護レポート「大川原化工機事件・人質司法の記録 外為法違反被告事件」として書いたものを、現代人文社からの許諾を受けて転載するものです。

 

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1.はじめに

 大川原化工機株式会社は1980年に設立され、噴霧乾燥器[1](液体を微粒化させ、乾燥させ、粉体にする機械。スプレードライヤーともいう)の製造・開発の国内リーディングカンパニーとして、日本国内のみならず、アジア、ヨーロッパ、アメリカなどに多くの噴霧乾燥器を納入してきた。

 ところで、外国為替及び外国貿易法(いわゆる「外為法」)では、輸出を規制する物品が定められており、噴霧乾燥器はその技術を応用すれば生物兵器等を製造することが可能になる等の理由から、2012年に国際的に輸出規制の対象とされ、2013年から日本国内でも輸出に際しては経済産業省の許可が求められることとなった。ただし、その趣旨から、輸出規制の対象となる噴霧乾燥器は内部を滅菌または殺菌できるものなどの要件があった。これらの要件を満たさない噴霧乾燥気(すなわち、生物兵器製造などには適さない汎用品)は輸出規制の対象外であった。

 本件は、大川原社が中国や韓国に輸出した噴霧乾燥器2台が、経産省の許可なしに輸出されたのではないかと疑われた外為法違反事件である。

 この事件は、数年間に及ぶ捜査を経て、社長ら3名が逮捕、勾留され、その後約11か月もの間身体拘束が続き、その間に勾留されていた被告人1名が亡くなり、ところが第1回公判直前に検察官が公訴を取消し、公訴棄却決定によって終結するという経過を辿った。

 本稿では、この事件における身体拘束の経過に焦点を絞り、主観的な評価、論評を挟まず、客観的な記録を世に残すことに主眼を置く。

2.任意捜査から逮捕まで

 2017年5月から大川原正明社長、島田順司取締役、相嶋靜夫顧問らの任意の事情聴取要請があり、大川原社長をはじめとする会社関係者はこれに応じ、のべ250回以上もの事情聴取に応じてきた。その中で、大川原社長らは、本件噴霧乾燥器はそのスペックなどからして経産省の輸出許可が必要な物品にはあたらない旨の主張を繰り返した。

 ところが、2020年3月10日、警視庁公安部外事第一課宮園勇人は大川原社長、島田取締役、相嶋顧問の逮捕状を請求し、同月11日、大川原社長ら3名は外為法違反の被疑事実で逮捕された。

3.被疑者段階

(1) 勾留決定、接見等禁止決定

 同年3月13日、東京地裁刑事14部裁判官世森ユキコは3名についていずれも勾留する旨の決定をした。その理由は刑事訴訟法60条2号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由)、同3号(逃亡すると疑うに足りる相当な理由)が認められるというものであった。

 さらに、世森は3名についていずれも接見等禁止決定を付した。

 この決定に対して弁護人は準抗告を申し立てたが、3月17日、東京地裁刑事11部(裁判長吉崎佳弥、裁判官井下田英樹、裁判官池田翔平)は「事案の性質、内容、供述状況、社内での地位、捜査の進捗状況等に照らせば・・・共犯者や関係者に働きかけるなどして罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると認められ、逃亡すると疑うに足りる相当な理由及び勾留の必要性も認められる」として準抗告を棄却した。

 また、接見等禁止決定を解除することを求めた弁護人の申立てに対して、東京地検検事塚部貴子は「事実についての供述を拒み、『弁護士から黙秘するよう言われている。社員も弁護士もこの状況を許せないと思っている。社員も弁護士も「我慢してください」と言っている』などと供述を拒んでいる理由について弁護士や被疑会社従業員の意向である旨供述している。・・・加えて被疑会社はホームページに事実認否に関するコメントを掲載し、その後報道機関宛にもコメントを発表するなどしており、会社ぐるみで口裏合わせを行っている可能性が極めて高い。共犯者2名も供述を拒んでおり、二人とは長年被疑会社で共に稼働し家族同士のつながりもあることから、それを利用し、妻らを介して罪証隠滅を図ることは現実的にも可能な状況である。このことから接見等禁止等の解除申し立ては不相当。勾留のみではなく接見禁止の措置が必要。」との意見を述べた。

 この意見を受けて、東京地裁刑事14部裁判官赤松亨太は、接見等禁止決定全体を解除することは認めずに、妻との1回限り30分の面会のみを認める旨の決定をした。

(2) 勾留理由開示公判

 2020年3月27日、弁護人が求めた勾留理由開示公判において、大川原正明社長は、「私も会社の人間も、これまで何度も警察の出頭要請に応じて捜査に協力してきた。今さら逃亡したり関係者に対して不当な働きかけを行ったりするはずがありません。」「勾留後、取調べを受けていますが、黙秘による不利益を示した不当な尋問が数多くある。『なぜ黙秘するのか?弁護士に言われたからだろう。』という捜査官の言動は正当な黙秘権行使を全面的に否定する内容の尋問で非常に不快な思いをした。私は憲法上認められている黙秘権を行使したに過ぎない。捜査の必要性があろうとも、不当な尋問が取調べ中に行われることは許されない」との意見を述べた。一方同公判において、裁判官世森は勾留理由について「記録によれば、被疑者が被疑事実に係る罪を犯したと疑うに足りる理由が認められる。事案の性質及び内容、被疑者共犯者及び会社関係者含む事件関係者の供述状況、被疑者及び共犯者の会社内での地位や捜査の進捗状況に照らすと、被疑者が故意、共謀等の罪体や犯行に至る経緯等の重要な情状事実に関し、共犯者、会社関係者等に働きかけるなどして罪証を隠避すると疑うに足りる相当な理由がある。また、被疑者が逃亡すると疑うに足りる相当な理由も、勾留の必要性と認められる」とした。

 そして、2020年3月31日、東京地検検事塚部貴子は、大川原社、大川原社長、島田取締役、相嶋顧問をそれぞれ外為法違反の事実で起訴した。

4.最初の起訴から再逮捕まで

(1) 起訴後の接見等禁止決定

 起訴後も接見等禁止決定が付されたため弁護人がその解除を求めたところ、検事塚部は「被告人及び共犯者の供述態度、被告会社の管理担当者の言動等を合わせ考慮すると、被告会社が組織ぐるみで口裏合わせを行い、個々の従業員の供述をコントロールしている可能性が極めて高い状況であるなど、罪証隠滅が行われる現実的危険性は極めて高く、かつ実現容易な環境にある。共犯者2名について供述を拒んでおり、妻との接見等禁止解除の申立がなされているところ、家族同士のつながりもあることからそれを利用し、妻らを介して罪証隠滅を図ることは現実的に可能な状況にある。よって、接見等禁止解除の申立は不相当であり却下すべき」とした。これを受け、同年4月6日、東京地裁刑事14部裁判官柏戸夏子は、妻との1回限りの接見を認める旨の決定をした。

(2) 保釈請求①

 また、同年4月6日、弁護人は大川原社長ら3名の保釈を請求した。これに対して検事塚部は「被告人は、供述を変遷させ、最終的な主張・弁解すら明らかにしていない現状(注:黙秘のこと)に鑑みると、本件による処罰を免れるため、共犯者や被告会社従業員らの関係者と口裏合わせをするなどの罪証隠滅を図る危険性が高い」「被告会社は、被告人の逮捕後、ホームページに「当社としましては、・・・外為法の規制を受けるべき製品には該当せず、・・・」などのコメントを掲載したのみならず、報道機関宛てに更に詳細なコメントを発表するなどしており・・・被告会社が組織ぐるみで口裏合わせを行い、個々の従業員の供述をコントロールしている可能性が極めて高く、被告人による罪証隠滅が行われる現実的危険性は極めて高い」、「弁護人が主張する、保釈を認めるべき事情については、いずれも身柄拘束を受ける刑事被告人であれば該当する一般的な事情であり、その他弁護人が主張する事情を総合的に判断しても、被告人に対する適正処罰を実現する必要性を害してまで、被告人を裁量で保釈する事由は見当たらない」といった意見を述べた。

 これを受けて、東京地裁刑事14部裁判官遠藤圭一郎は、保釈却下決定をした(同年4月8日)。その理由は、刑訴法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)であった。

 この保釈却下決定に対して弁護人が準抗告を申し立てたところ、同年4月15日、東京地裁刑事8部(裁判長蛭田円香、裁判官坂田正史、裁判官島尻大志)は「事案の性質・内容・見込まれる争点・証拠構造に照らすと、被告人が、故意、共謀といった罪体や重要な情状事案に関し、共犯者や関係者に働きかけるなどして罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があり89条4号に該当する。高齢であること、コロナ感染の危険があるなどの指摘を踏まえても裁量による保釈が適当でないとする原裁判の判断は不合理でない。」として、準抗告棄却決定をした。

(3) 再逮捕

 そして、同年5月21日、東京簡易裁判所裁判官長野慶一郎は、大川原社長ら3名への逮捕状を発付し、同月26日、大川原社長らは再び逮捕された。その被疑事実は、別の噴霧乾燥器の無許可輸出であった。

5.2度目の被疑者段階

 2度目の逮捕を受けて、検事塚部は大川原社長らの勾留を請求し、同年5月28日、東京地裁刑事14部裁判官宮本誠は勾留決定とともに、接見等禁止決定も付した。

 この決定に対して弁護人が準抗告を申し立てたところ、同年6月2日、東京地裁刑事3部(裁判長丹羽敏彦、長池健司、佐藤有紀)は、「被疑者及び共犯者らとの関係性およびこれらの者の供述状況に照らすと、被疑者が罪体及び犯行に至る経緯等の重要な情状事実につき、共犯者らと通謀するなどして罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由も認められ、勾留の必要性も認められる」として準抗告棄却決定をした。

 さらに、裁判所が勾留延長決定をしたため弁護人が準抗告を申し立てたところ、同年6月9日、東京地裁刑事16部(裁判長小林謙介、裁判官西山志帆、裁判官松村光泰)は「押収した証拠を精査したうえで関係者の取調べを再度実施するなどの捜査を遂げる必要があり、そのためには相当の期間を要すると認められ、勾留期間延長請求が被疑者らの自白獲得を目的としたものとはいえない。勾留期間を10日間延長した原裁判に不合理な点はない。勾留の理由及び必要性も認められる。」として準抗告棄却決定をした。

 そして、6月15日、検事塚部は大川原社、大川原社長、島田取締役、相嶋顧問について、別の噴霧乾燥器の無許可輸出の事実で追起訴した。

6.(2度目の)起訴後

(1) 保釈請求②

 同年6月18日、弁護人が2度目の保釈請求をしたところ、東京地検検事長好行は「本案件で処罰されることになれば被告会社の経営にも重大な影響を及ぼす可能性があり、被告人らの供述態度等に照らせば、処罰を免れるため、共犯者や会社従業員ら関係者と口裏合わせをするなどの罪証隠滅を図る可能性が高い。現に相嶋及び嶋田も同様に黙秘している上、任意捜査の時点では複数の技術者が貨物等省令三要件のハの該当性について認める供述をしていたが、本起訴事件による身柄拘束後、検察官が関係者の取調べを行うために呼び出しを行ったが、管理担当者は個々の従業員の呼出は同管理担当者を通して実施することを要求した上、一部の従業員に関し、業務多忙を理由に被告人らの身柄拘束期間内の協力を拒否するなど非協力的な態度を明確に示し、会社従業員らへの検察官による取調べは日程調整に苦慮し、かつ取調べを実施できた者の中には前記要件ハの該当性について任意捜査段階の供述を撤回する者もいた。被告会社は、初回逮捕後ホームページにコメントを掲載した上、報道機関宛にさらに詳細なコメントを発表するなどしており、被告人及び共犯者の供述態度、被告会社管理担当者の言動等を合わせ考慮すると、会社が組織ぐるみで口裏合わせを行い、個々の従業員の供述をコントロールしている可能性が極めて高い。現に追起訴事案による逮捕後の従業員の取調べによって当初の検察庁への出頭拒否は弁護人の指示によるものだった上、検察庁から呼び出しを受けた従業員に対し、他の従業員がレクチャーを行い、身柄拘束中の被告人らの主張内容を伝達するなどしていたことが判明している。保釈を許せば不利な供述を撤回して有利な供述をするよう慫慂するなどの罪証隠滅工作に及ぶ危険性は高い。弁護人は保釈条件をあげているが、それらの条件をもってしても通謀を防ぐことが出来ないのは日産自動車元会長の海外逃亡によっても明らかである。

また、裁量保釈も認めるべきではない。身柄拘束期間は約三か月であり、長期間にわたっているとはいえない。高齢で持病があり薬の服用を続けていたと主張するが、病状が悪化するという危険があるということにとどまり、保釈する必要はない。新型コロナも感染リスクはむしろ低い。弁護人と密に相談する重要性については、接見・差し入れ等が可能であるし、エンジニアからの説明を聞く必要性にしても、そのエンジニアが会社従業員ら関係者であれば、まさに罪証隠滅工作の危険性が妥当する。ストレス等については、身柄拘束の必要性が高いのに比すれば理由にはあたらない。」との意見を述べた。そして、同月23日、東京地裁刑事14部裁判官遠藤圭一郎は保釈請求を却下した。その理由は法89条4号に該当し、裁量保釈も適当ではないというものであった。

この保釈却下決定に対して弁護人が準抗告を申し立てたところ、同年7月3日、東京地裁刑事15部(裁判長楡井英夫、裁判官赤松亨太、裁判官竹田美波)は「弁護人からの求釈明書において概括的な争点の主張がされるにとどまり、証拠意見も述べられておらず、今後争点及び証拠の整理が行われるという公判前整理手続きの進捗状況に照らすと、共犯者や関係者への働きかけなどによる罪証隠滅のおそれがあり、89条4号に該当する。高齢の健康状態やコロナ感染の危険性等踏まえても裁量による保釈が適当ではないとした原裁判の判断は不合理ではない」として、準抗告を棄却する決定をした。

(2) 保釈請求③

 同年8月26日、弁護人は3回目の保釈請求をしたところ、東京地検検事恒川一宇は従前の意見と同様の反対意見を述べた。そして、同月31日、東京地裁刑事14部裁判官宮本誠は保釈請求を却下した。その後、同年9月16日に弁護人が保釈却下決定に対して準抗告を申し立てたが、東京地裁刑事第8部(蛭田円香裁判長、島尻大志裁判官、佐藤みなと裁判官)は、・・・・・として、法89条4号に該当し、裁量による保釈も適当ではないとして準抗告を棄却する決定をした。

7.相嶋氏の体調悪化をめぐるやりとり

(1) 相嶋氏の体調悪化

 相嶋氏は、同年9月25日、東京拘置所内で貧血の症状が出たため、複数回にわたる輸血処置を受けた。また、黒色便が見られるとのことから、消化管出血が疑われるとのことであった。一方で、この日は輸血をするのみで、内視鏡検査、超音波検査などを実施されることはなかった。

(2) 保釈請求(相嶋氏④)

 同年9月30日、弁護人は、相嶋氏が70歳を超える高齢であることに加え、輸血が必要なほどの消化管出血が疑われる症状が見受けられたことから、緊急の入院・治療の必要性があることを理由に保釈請求をした。

 ところが同年10月2日、東京地裁刑事14部裁判官本村理絵は、法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)に該当し、裁量で保釈することも相当ではないとして保釈請求を却下した。

(3) 勾留執行停止①

 同年10月1日、東京拘置所内の病院において相嶋氏の内視鏡検査が実施されたところ、幽門部に悪性腫瘍があると診断され、相嶋氏にも告知された。これを受け、緊急の治療の必要性があることから、弁護人から東京拘置所に対して、至急外部の病院にて相嶋氏の治療をするよう求めるも、東京拘置所からは回答がなかった。

 そこで、10月8日、弁護人は、外部の病院での検査のために相嶋氏の勾留執行停止(午前8時から午後6時30分まで)を申し立てた。これに対して東京地検検事加藤和宏は「時間が長すぎる」との意見を述べた。

 これを受け、同月9日、東京地裁刑事14部裁判官岡田佳子は、相嶋氏について10月16日午前8時から午後4時まで勾留の執行を停止する決定をした。

 10月16日、相嶋氏は大学病院で診察を受け、進行胃がんである旨の診断を受けた。

(4) 保釈請求(相嶋氏⑤)

 10月19日、弁護人は、進行胃がんの診察を受け緊急に治療を開始しなければならないこと、勾留執行停止下では受け入れ病院が限られていること、必要な治療期間も不明であることなども理由にして、あらためて相嶋氏について保釈請求をした。

 これに対して、東京地検検事加藤和宏は「被告人らが本件により処罰されることとなれば、被告会社の経営にも重大な影響を及ぼす可能性があるところ、被告人及び共犯者の供述態度や被告会社関係者の供述状況、さらには、公判前整理手続の進捗状況等に照らすと、被告人に保釈を許せば、自己の刑事責任を免れるため、共犯者や被告会社従業員ら関係者と口裏合わせを行い、被告人らに不利な供述を撤回するのみならず、被告人らに有利な供述をするよう慫慂するなどの罪証隠滅工作に及ぶ危険性は極めて高い。」、「弁護人は、保釈条件として、関係者との不接触、通話履歴及び電子メールの送受信履歴の提出等を挙げているものの、それらの条件をもってしても通謀を防ぐことはできない」、「保釈許可された場合、自宅直近の静岡県立静岡がんセンターにて診察を受ける予定と主張しているのであるから、在所条件を自宅ないしがんセンターにするなどして勾留執行停止をすれば対応できる」、「本件事案の重大性や証拠関係、罪証隠滅の危険性が高いことからすれば、保釈条件及び相当高額の保釈保証金によっても、その危険を解消するのは困難なものであり、裁量保釈も認めるべきではない」として保釈請求に反対する意見を述べた。

 10月21日、東京地裁刑事14部裁判官牧野賢は、相嶋氏についてなおも法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)に該当し、裁量で保釈することも相当ではないとして保釈請求を却下した。

(5) 勾留執行停止②

 相嶋氏について、勾留執行停止のもとでも治療を受け入れてくれる医療機関が見つかり、10月27日、弁護人は相嶋氏についてあらためて勾留執行停止の申立をした。

 同月28日、東京地裁刑事14部裁判官本村理絵は、相嶋氏について同年11月5日午後2時から同年11月20日午後3時30分までの間、勾留の執行を停止する旨の決定をした。

 そして、11月5日、相嶋氏の勾留の執行は停止され、相嶋氏は病院に入院した。

(6) 相嶋氏の死去

 相嶋氏に対しては懸命な治療が施されたが、抗がん剤が功を奏さず、2021年2月7日、相嶋氏は死去した。

8.大川原社長、島田取締役の身体拘束

 相嶋氏の治療、釈放をめぐるやりとりをしている間、大川原社長、島田取締役の身体拘束はなおも続いていた。

(1) 保釈請求(大川原氏及び島田氏④、相嶋氏⑥)

 2020年12月1日、弁護人は公判前整理手続の進行を踏まえて、大川原社長らについて4回目の保釈請求(同じ理由で相嶋氏についても保釈請求をしており、そちらは6回目の保釈請求)をした。

 これに対して検事加藤は「弁護人は、本件噴霧乾燥器の客観的性能に関する各種報告書や専門家、被告会社従業員、通関士の供述調書等をはじめ、経済産業省関係者及び共犯者を含む被告会社関係者の供述調書等をことごとく不同意としている」、「前回の保釈請求が却下され、弁護人らによる準抗告も棄却されたあと、弁護人及び被告人の主張、検察官請求証拠に対する意見に変更はない」、「被告人らが本件により処罰されることとなれば、被告会社の経営にも重大な影響を及ぼす可能性があるところ、被告人及び共犯者の供述態度や被告会社関係者の供述状況、さらには、公判前整理手続の進捗状況等に照らすと、被告人に保釈を許せば、自己の刑事責任を免れるため、共犯者や被告会社従業員ら関係者と口裏合わせを行い、被告人らに不利な供述を撤回するのみならず、被告人らに有利な供述をするよう慫慂するなどの罪証隠滅工作に及ぶ危険性は極めて高い。弁護人は、保釈条件として、関係者との不接触、通話履歴及び電子メールの送受信履歴の提出等を挙げているものの、それらの条件をもってしても通謀を防ぐことはできない。本件事案の重大性や証拠関係、罪証隠滅の危険性が高いことからすれば、保釈条件および相当高額の保釈保証金によっても、その危険を解消するのは困難であり、裁量保釈も認めるべきではない」との意見を述べた。

 そして、12月4日、東京地裁刑事14部裁判官三貫納隼は、大川原氏、島田氏、そして相嶋氏の3名いずれについても、法89条4号(罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある)に該当し、裁量で保釈することも相当ではないとして保釈請求を却下した。

 この保釈却下決定に対して弁護人は準抗告を申し立てたが、同月17日、東京地裁刑事1部(裁判長守下実、裁判官家入美香、裁判官一社紀行)は「本件の争点及びこれに対する証明予定事実記載書面等により明らかにされた検察官の立証構造、会社関係者の供述調書を含む大半の請求証拠が不同意とされていること等に照らすと、被告人の当時の認識等に関し、共犯者や会社関係者に働きかけるなどの罪証隠滅の具体的可能性が認められる」として、準抗告を棄却した。

(2) 保釈請求(大川原氏及び島田氏⑤、相嶋氏⑦)

 2020年12月25日、弁護人はさらなる公判前整理手続の進行を踏まえて、大川原社長らについて5回目の保釈請求(同じ理由で相嶋氏についても保釈請求をしており、そちらは7回目の保釈請求)をした。

 これに対し、検事加藤は「現在の被告人及び共犯者の供述態度や被告会社関係者の供述状況、さらには、公判前整理手続の進捗状況等に照らすと、被告人に保釈を許せば、自己の刑事責任を免れるため、共犯者や被告会社従業員ら関係者と口裏合わせを行い、被告人らに不利な供述を撤回させるのみならず、被告人らに有利な供述をするよう通謀し、虚偽事実を作出するなどの罪証隠滅工作に及ぶ危険性は極めて高い。・・・実際、乙32号証によれば、共犯者島田は、警察による任意の取調べを受けている期間の最中、共犯者相嶋と本件当時の出来事等について話し合い、確認している状況が認められるのである。弁護人は、保釈条件として、関係者との不接触、通話履歴及び電子メールの送受信履歴の提出等を挙げているものの、それらの条件をもってしても通謀を防ぐことができない」などとして保釈に反対の意見を述べた。

 12月28日、東京地裁刑事14部裁判官鏡味薫は、大川原氏、島田氏、相嶋氏について保釈を許可する旨の決定をした。

 ところがこの決定に対して検察官が準抗告を申立て、同日、東京地裁刑事6部(裁判長佐伯恒治、裁判官室橋秀紀、裁判官名取桂)は検察官の準抗告を認め、原裁判取消し、保釈請求却下の決定をした。その理由は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるのに加え、いまだ争点に関する検察官立証及び弁護人立証の予定が明確になったとは言い難く、第1回公判前整理手続き期日も開かれておらず、罪証隠滅の現実的なおそれが大きく低下したとは認められない。」というものであった。

(3) 保釈請求(大川原氏及び島田氏⑥、相嶋氏⑧)

 2021年2月1日、弁護人はさらなる公判前整理手続の進行を踏まえて、大川原社長らについて6回目の保釈請求(同じ理由で相嶋氏についても保釈請求をしており、そちらは8回目の保釈請求)をした。

 これに対し検事加藤は、「現在の被告人及び共犯者の供述態度や被告会社関係者の供述状況、さらには、公判前整理手続の進捗状況等に照らすと、被告人に保釈を許せば、自己の刑事責任を免れるため、共犯者や被告会社従業員ら関係者と口裏合わせを行い、被告人らに不利な供述を撤回させるのみならず、被告人らに有利な供述をするよう通謀し、虚偽事実を作出するなどの罪証隠滅工作に及ぶ危険性は極めて高い。実際、乙32号証によれば、共犯者島田は、警察による任意の取調べを受けている期間の最中、共犯者相嶋と本件当時の出来事等について話し合い、確認している状況が認められるのである。弁護人は、保釈条件として、関係者との不接触、通話履歴及び電子メールの送受信履歴の提出等を挙げているものの、それらの条件をもってしても通謀を防ぐことができない。」として、なおも保釈に反対する意見を述べた。

 2月4日、東京地裁刑事14部裁判官道垣内正大は、大川原氏、島田氏、相嶋氏について保釈を許可する旨の決定をした。

 これに対し、検事加藤は再び準抗告を申し立てた。同日、東京地裁刑事11部(裁判長吉崎佳弥、裁判官村田千香子、裁判官池田翔平)は、「法89条4号に該当する事由があると認められるが、公判前整理手続きに付された上で、打ち合わせ期日が複数回実施されて争点及び証拠の整理が進む中、前回の打ち合わせ期日に至り、争点に関する検察官立証の見込みが一応示されたと認められる。争点及び証拠整理の進行状況に加え、保釈請求に当たり、被告人やその妻が、罪証隠滅や逃亡等に及ばない旨誓約している事も踏まえれば、予定される証人等に対して働きかけたり、新たな証拠を作り出すなどの罪証隠滅の現実的可能性及び実効性は一定程度低減したものと言える。また、保釈条件が付されていることにより罪証隠滅の可能性はさらに大きく低減されているというべきである。条件を付したうえで、保釈保証金2000万円として許可した原裁判が不当なものとまではいえない。」として検察官の準抗告を棄却する決定をした。

 そして、同年2月5日、大川原氏、島田氏は釈放された。

 その2日後の相嶋氏は亡くなったが、関係者との接触禁止の保釈条件があったために、大川原氏、島田氏は相嶋氏と最後の対面をすることもできなかった。

8.公訴取消、公訴棄却決定

 公判前整理手続が進み、第1回公判の直前のタイミングであった2021年7月30日、検察官は突如として公訴取消しの申立てをした。その理由は、「各公訴事実記載の噴霧乾燥器について、「軍用の細菌製剤の開発、製造、若しくは散布に用いられる装置またはその部分品であるもののうち省令で定める仕様の噴霧乾燥器」に該当することの立証が困難と判断されたため」とのことであった。

同年8月2日、裁判所は公訴棄却の決定をしてこの裁判は終結した。

9.若干の意見

 噴霧乾燥器の輸出にあたって経産省の許可が必要な仕様の噴霧乾燥器であったかどうか、これがこの裁判の核心的な争点であった。

 このような事件において、長年噴霧乾燥技術のリーディングカンパニーとしてリードしてきた会社の社長、役員たちを果たして逮捕する必要などあったのだろうか。

 社長たちは任意の事情聴取に何度も応じ、輸出した噴霧乾燥器の仕様は輸出規制の対象にならないとの見解を述べているにも関わらず、逮捕をするというのは、逮捕が自白強要の手段として用いられたのではないか。

 起訴後、幾度にもわたる保釈請求に対して、「罪証隠滅を疑うと足りる相当な理由がある」として保釈請求を却下しつづけたのは、社長たちが犯罪事実を認めようとしなかったからではないか。

 最終的には、検察官が、今回問題となった噴霧乾燥器が輸出規制の対象になる仕様を備えたものであることを立証できないとしたが、そうだとすればなぜ社長たちは約1年もの間身体拘束されたのか。

 起訴後すぐに保釈が認められていれば、相嶋氏のガンはもっと早期に見つかり命を落とすことはなかったのではないか。

 

 この事件を振り返ったときに誰しもが思うこれらの疑問、すべては裁判官に責任がある。逮捕状を発付したのは裁判官である。任意出頭に応じて意見を述べており、このような逮捕は自白を強要するための違法な逮捕ではないかとの弁護人の訴えを退けたのも裁判官である。保釈請求に対して「罪証隠滅のおそれ」を理由に保釈を却下し続けたのも裁判官である。その前提として、犯罪の嫌疑、すなわち今回輸出された噴霧乾燥器が輸出規制の対象になる仕様を備えたものであるとの嫌疑を認めたのも裁判官である。そして、ガンと診断された後も保釈を却下したのも裁判官である。

 この事件は、たしかに検察官の判断にも問題があったのかもしれない。しかし、どれだけ検察官が無理やり起訴をしようが、社長たちが身体拘束されることなく裁判を進めることができたならば、粛々と無罪判決が下されたであろう。どれだけ検察官が保釈請求や接見禁止解除請求などに対してどれだけ醜い意見を述べようとも、そのような意見を意に介することなく裁判官が身体拘束を認めなかったり、接見禁止決定を認めなければ何の問題もないのである。

 この事件において、大川原社長らが約1年もの間身体拘束されたことが誤ったものであったことは、この事件の結末を見れば明らかである。そしてその全責任は裁判官にある。身体拘束の責任は検察官にはない。そしてそれは、本稿に実名をあげたそれぞれの裁判官の責任である。彼らの身体拘束の判断はすべて誤りだったのである。

 そして、この事件における身柄の判断は、昨日も今日も、そして明日も繰り返されているのが現実である。無罪を主張したり、黙秘権を行使すれば、ほぼ全ての事件で検察官は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」と意見を述べ、裁判所はそれを唯々諾々と受け入れる。この現実を広く知ってもらうために、本稿では各請求に対する検察官の意見の内容や、それに対する裁判官の判断を逐語的に記した。これが現実である。

 そして、他ならぬ裁判官こそ、この事件における身柄の判断を振り返り、反省し、二度と同じ過ちを侵さないようするべきである。もしこの事件を警察や検察の不祥事で終わらせるならば、人質司法は永久に解消されないと私は思う。

 

以 上

 


[1] わかりやすい例としては、ミルクを粉ミルクにしたり、インスタントコーヒー、インスタントラーメンの粉末などがあり、それ以外の様々な工業製品にも技術が応用されている。