せん妄無罪判決に至る証拠調べ | 空気を読まずに生きる

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弁護士 趙 誠峰(第二東京弁護士会・Kollectアーツ法律事務所)の情報発信。

裁判員、刑事司法、ロースクールなどを事務所の意向に関係なく語る。https://kollect-arts.jp/

昨日の無罪判決、想像以上に反響が大きい。

Twitterで「せん妄」というkeywordで検索すると、非常に多くのせん妄体験のtweetを目にすることができた。あらためて「せん妄」を体験した人たちの多さとともに、「せん妄」は体験した人たちと、そうではない人たちとの間で、その認識に大きなギャップがあることを思い知らされる。

 

ところで今回の裁判、いとも簡単にAさんの体験がせん妄によるものだと判断されたと誤解しているように読める発言を多数目にしたので、せん妄無罪判決に至るまでの証拠調べの概要を記しておきたい。

 

第1回公判 公訴事実に対する意見、検察官冒頭陳述

(ここで期日間整理手続に付され、約1年10か月整理手続が行われる)

第2回公判 弁護人冒頭陳述、捜査にあたって警察官らの証人尋問

第3回公判 Aさんらの証人尋問

第4回公判 手術を一緒に担当した医師の証人尋問、Aさんの麻酔を担当した医師の証人尋問

第5回公判 Aさんを担当した看護師3名の証人尋問

第6回公判 Aさんと同室患者の証人尋問

第7回公判 検察証人:西村由貴医師(慶應大学保健管理センター)の証人尋問

第8回公判 弁護証人:小川朝生医師(国立がん研究センター東病院 精神腫瘍科長)の証人尋問

第9回公判 弁護証人:矢形寛医師(埼玉医科大学ブレストケア科教授)の証人尋問

第10回公判 検察証人:中田善規医師(帝京大学教授)の証人尋問

        弁護証人:福家伸夫医師(帝京大学名誉教授、麻酔科学)の証人尋問

        弁護側検証実験の技術者の証人尋問

第11回公判 科捜研技官の証人尋問

        検察証人:高橋麻衣子(ノーステキサス大学研究員)の証人尋問

        弁護証人:黒崎久仁彦(東邦大学法医学教室教授)の証人尋問

第12回公判 被告人質問

第13回公判 論告・弁論

第14回公判 判決

 

この中でもとりわけ第8回公判から第11回公判までの各専門家の証人尋問が、せん妄無罪判決に決定的な影響を及ぼしたことは間違いない。

特に小川医師、矢形医師、福家医師、黒崎医師の証人尋問は、その圧倒的かつ専門的な知見に基づく証言であったことは、その場にいた誰しもが否定できないだろう。

これらの専門家の証言と、それに呼応するようなAさんの証言、担当看護師、同室患者の証言などを照らし合わせれば、これらの証人尋問の内容を把握した人にとっては、Aさんが当時せん妄状態にあったということはもはや疑いの余地がなかったのではないかと思う。

(なお、「せん妄状態にあった」ということと、幻覚を見たということは同じではない)

 

ところが判決報道だけを見ていては、これらの証人尋問の内容はもとより、このような証拠調べの末の判決であったことを認識することすらできない。

普通の市民にはやむを得ないことではあるが、事件報道をするメディアの人たちは少なくともどのような裁判の経過であったかは最低限把握した上で、発言をするべきではないだろうか。

 

今回の判決、決して安易に、薄弱な根拠でAさんがせん妄下にあったことを判断したのではない。そこに至るまでには極めて濃密な証人尋問があった。