結婚後、不安定になった夫もしばらくすると落ち着いたのか、モンスタークレーマーのようになる事もなくなった。少なくとも私が把握できる範囲では、そういったトラブルは影を潜めたようだった。

 

ただ、引っ越してから起きた大きな変化がもうひとつあった。

それは、夫の自営業が思うように振るわなくなってきてしまったことだった。

 

とはいえ、全くなくなってしまった訳ではなく、新規の顧客が増えないというものだった。夫の職種はかなり特殊で、顧客は2~3年スパンで変わっていく。だから安定的な収入を得るには新規のお客様を獲得しなければならないのだけれど、場所を変えたら最初のうちは新規を得るのは当然難しいし、そうなるものだと、少なくとも私は覚悟していた。

でも夫は引っ越し先でも簡単に顧客が付くと軽く考えていたようで、思うようにいかない現実に、内心でかなり焦っていたようだった。

 

私自身は引っ越しするときに前の職場は退職していたものの、数ヶ月で新しい就職先も見つかり、派手な生活を望まないなら、普通に生きていける状態ではあった。

 

妻は安定的な収入はある。だから普通の生活は送れている。でも少しづつ顧客が減っている、新しい顧客はあまり増えない。

そんな生活は、じわじわと夫の精神を蝕んでいたのだと思う。私も、夫自身も気が付かないうちに。

 

そして、私は妊娠した。夫は本当に喜んでくれたし、妊娠中もすごく優しくしてくれた。食べたいものをリクエストすればすぐに買ってきてくれたし、つわりが辛いと仕事の合間に泣き言メールを入れると、ウイットにとんだ優しい言葉で返してくれた。休みの日に何もせずにゴロゴロしていても一切咎めることもせず、当たり前のように労わってくれた。思えば幸せな妊娠生活だった。

 

ただ、ときどきふさぎ込むような、イライラしているような様子を見せるときがあった。そのイライラを私にぶつけることはなかったけれど、そんな夫の様子は、私を闇雲に不安にさせた。

その様子がずっと続いていたわけじゃなかったし、その後の変化を思えば全く大したことでもなかったのに、何故私はあそこまで不安だったんだろう。マタニティーブルーの類だったんだろうか。それとも、後に続く苦労の予兆を、あの時点で感じ取っていたんだろうか。

私は元々大変に鈍感な人間ではあるのだけれど。