ショパンコンクール② | music life

ショパンコンクール②

先日のブログで世界で一番難しいコンクールの一つと書いたがその歴史 について簡単にを紹介していこうと思う。


ショパンコンクールは1927年に創設される。

第1回には、現在ショパンコンクール公認の楽譜となったナショナルエディションを校訂しているヤン・エキエル、なんと作曲家のショスタコーヴィッチも入賞している。優勝はレフ・オボーリン。ヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツとの演奏も有名なピアニストである。



こうして徐々に世界の注目を集めたが第3回コンクールの後、第2次世界大戦の被害を受けショパンコンクールも中断を余儀なくされる。

当時世界は資本主義と社会主義の覇権争いの真っ只中。ポーランドという国が地理的、民族的な原因から翻弄されつづけてきたのは歴史的事実として有名である。
また第1回コンクールから第3回まで旧ソ連、アメリカ、旧ソ連と優勝者の国籍が変わっていることは大変興味深い事実である。



第4回コンクールは1949年、大戦で破壊されたフィルハーモニーホールから会場を移し再開。

この年の優勝者はハリーナ・ツェルニー=ステファンスカ。先ごろお亡くなりになられましたが晩年は日本でも教鞭を執っていた。ポーランド人として、また女性として初めての優勝者の誕生だった。

第2位は旧ソ連の女性ピアニスト、ベラ・ダヴィドヴィッチ。彼女の演奏は録音にも残っているが、芯の通った素晴らしい演奏を聞かせてくれている。



そして、1955年第5回コンクールからショパンコンクール黄金期とも言える時を迎えるのである。

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