music life
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ベルリンフィル

日曜日に聴いてきました、ラトル指揮ベルリン・フィル。


場所はNHKホール。

皇太子がいらっしゃった演奏会でした。


<プログラム>


ベルリオーズ 「海賊」序曲

ラヴェル マ・メール・ロワ

ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」


ラトルって指揮者は本当にすごい。


本当に音楽を大きく捉えていて、

マ・メール・ロワやエロイカでは一つの曲を通して大きな流れを構築していた。

特にエロイカの第2楽章では

フーガから楽章の頂点まで説得力を持って、かつ音楽を劇的に表現することに成功していた。


マイヤーやパユといった管楽器セクションのアンサンブルも素晴らしかった。

言わずもがな、弦楽器も。

マメール・ロワでは弦の擦れる音が聴こえるほどのppを

NHKホールの最上段で聴き取ることができた。

アンサンブルから細かい技術まで最高のオーケストラであということ。

指揮者云々の前から世界最高のオケだという自負を感じた。


あまりにいい演奏を聴くと

自分の語彙のなさが歯がゆく感じられます。。


とにかく

素晴らしい演奏を聴いて

今でも思い出す時は至福のひと時です。


この次の日にはサントリーホールでの公演でしたが

心底聴きに行きたかったです。

プログラムもNHKホールの演目と相関性を持っていたので

どのような演奏だったのか…


気になります。

ショパンコンクール

ほとぼりも冷めたので今回のコンクールについて思うところについて。


結局今回はポーランドのブレハッチが優勝、3位にイム兄弟、5位に日本人2人、6位に韓国人の女性という結果。本選には12人中8人がアジア人(うち日本人4人)が進みしのぎを削った。


結果についてどうこういう気はない。


今回のショパンコンクールのあり方はどのようなものであったのか。


そもそもコンクールは演奏家、芸術家への登竜門として位置づけられる。名声を勝ち得たものだけが演奏家へのステップへとあがることができる。

2次予選の結果も相当に物議を醸したようだが、本選にこれだけの人数が残ったことに、そしてアジア勢が多く残ったこと等に疑問を感じてしまう。


コンクールというのは一つのイデオロギーとして捉えることができる。ショパンコンクールというのショパンの音楽に伝統的な権威として存在していたが、予選の方法も大きく変わった今回コンクールの変革がショパンコンクールの位置づけに、そして今後のピアノ界に大きな影響を与えることは間違いないだろう。


ショパンコンクール③

第15回ショパンコンクールの本選出場者 も決定。ついに大詰めになってきました。

こうして出場者を見るとよく見かける名前が…イム、ブレハッチなどなど。

アジア人だけで12人中7人を占める本選の結果が気になるところ。


さて、前回の続きを。


1955年コンクールでは1位にアダム・ハラシェビッチ、2位にウラディミール・アシュケナージ、3位にフー・ツォンという顔ぶれ。


1位のハラシェビッチはポーランド出身。2位のアシュケナージとは僅差だったようですが、彼のピアノは詩情が豊かでショパンらしさを感じます。

2位のアシュケナージについては多くを語る必要もないでしょう。このあと、ショパンコンクールの悔しさをぶつけるかのようにエリザベート、チャイコフスキー両国際コンクールを制覇し、最近ではNHK交響楽団の音楽監督など指揮者としての活躍が目立っています。

3位のフー・ツォンもハラシェビッチと同じくあまり派手な活動はしていませんが、彼のマズルカのCDは後世に語り継がれるほど素晴らしい演奏です。ドビュッシーの映像のCDもあるけど、かなりオススメです。こういう音楽に真摯に向かうピアニストの来日を待つ今日この頃。


1960年ではあのマウリツィオ・ポリーニが優勝。彼の弾くショパンエチュードに度肝を抜かれたという人も多いんじゃないでしょうか。今では正確無比な演奏も少し影を潜めていますが、一昨年来日時のショパンの演奏ではさすがな演奏を披露してました。


1965年はピアノの女王マルタ・アルゲリッチが優勝、モレイラ=リマが2位、4位は日本の中村紘子さんでした。

アルゲリッチは別府アルゲリッチ音楽祭で毎年日本に来てくれてますが、本当に素晴らしいピアニストです。彼女の演奏には否応なしに引き付ける力があります。

世界で最も人気があり、最高の技術、感性を持ったピアニストの一人です。

モレイラ=リマはオムニバスでしか聴いたことないですが、素晴らしいです。

躍動感溢れるマズルカの演奏が印象に残っています。



次回は1970年コンクールから。

書くころには第15回ショパンコンクールの結果も…気になる。。


#next brog ショパンコンクール④



ショパンコンクール②

先日のブログで世界で一番難しいコンクールの一つと書いたがその歴史 について簡単にを紹介していこうと思う。


ショパンコンクールは1927年に創設される。

第1回には、現在ショパンコンクール公認の楽譜となったナショナルエディションを校訂しているヤン・エキエル、なんと作曲家のショスタコーヴィッチも入賞している。優勝はレフ・オボーリン。ヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツとの演奏も有名なピアニストである。



こうして徐々に世界の注目を集めたが第3回コンクールの後、第2次世界大戦の被害を受けショパンコンクールも中断を余儀なくされる。

当時世界は資本主義と社会主義の覇権争いの真っ只中。ポーランドという国が地理的、民族的な原因から翻弄されつづけてきたのは歴史的事実として有名である。
また第1回コンクールから第3回まで旧ソ連、アメリカ、旧ソ連と優勝者の国籍が変わっていることは大変興味深い事実である。



第4回コンクールは1949年、大戦で破壊されたフィルハーモニーホールから会場を移し再開。

この年の優勝者はハリーナ・ツェルニー=ステファンスカ。先ごろお亡くなりになられましたが晩年は日本でも教鞭を執っていた。ポーランド人として、また女性として初めての優勝者の誕生だった。

第2位は旧ソ連の女性ピアニスト、ベラ・ダヴィドヴィッチ。彼女の演奏は録音にも残っているが、芯の通った素晴らしい演奏を聞かせてくれている。



そして、1955年第5回コンクールからショパンコンクール黄金期とも言える時を迎えるのである。

#next blog→ショパンコンクール③

ショパンコンクール①

世界で最も難しいといわれるピアノコンクール、ショパン国際ピアノコンクール 。今回も始まりました。現在一次予選中です。

ホントはポーランドに飛んで行って聞きたいところだけど、便利な世の中になったものでライブ中継 をネットで配信しているんです。


時差の関係上なかなかライブ中継を見ることができないのだけど、さっきたまたま付けたら日本の高校生、辻井伸行君が弾いていた。また友人も出場しているし、今回は特別な興味を持って見ている。


ショパンの演奏の難しさの一つに、「自然な演奏」というものがあげられるだろう。華麗に装飾された旋律ばかりに意識がいきがちだが、音楽において基本となる構成、和声の理解といったものが大いに求められる。これらが高い次元で結びついた時、ショパンの自然な演奏、そしてショパンという芸術家の本質に迫ることができるように思う。


…といってもこれは自分にとっても大きな課題ですが。。


自分の課題、またクラシック音楽の将来を考えていく上でも今回のショパンコンクールはとても意義のあるものになると思う。


#next blog→ショパンコンクール②

no music no life

音楽は空気のようなもの。


そんな気持ちで、音楽とお付き合いしていけたらどんなに素晴らしいだろう。


そんな気持ちで、音楽を愛していけたらどんなに素晴らしいだろう。