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Shell in BLUE

ひとりごと。

子供に手のかかる時期もあと数年かぁ、金もかかるし仕事しなきゃ家計が…ダウンアワワ汗

仕事復帰への強い不安、昔の自分を思い返したこの数日間で不思議と和らいだような。

60過ぎた両親が営む家業。兄は「身内が継がなきゃいけないってものじゃない」と戻ってくる気なし。まぁ同感。
仕事についてはあまり押し付けることをしなくなった両親だけど、築き上げた結果を大切にしたい気持ちはある。ま、やってみなきゃわから~ん!子供達に寂しさを感じさせない程度、やれることからスタートしてみよっ。

そう、何でもやってみなきゃ…。

手術後、普通の声さえも出なくなり、医師にも戻る可能性は低いと言われていた声。甲状腺・副甲状腺全摘・頸部前面のリンパ節をほぼ取り除いた。その後転移で再度手術。ネットで検索したけど、声について良い情報は全く得られなかったっけ。もし同じ境遇の方が読んでくれたなら嬉しい。良い情報として。
いまだ腕は上がらないし、寝た状態から首を起こせないけど、歌えるようになりましたよキラキラ

音域5音というあまりに酷い童謡を長男に聴かせるとこからのスタート。今はステージで歌わせていただく機会もある、ありがたいです。続けたいです。

今が結果、そしてスタートひらめき電球

さてとっ、息子の友達2人も食べていくと勝手に盛り上がる夕飯、早めに作り始めよう音符
はぁて娘を預かってもらえる僅かな時間での仕事。
あ~楽しかった\(^o^)/

風邪っぴきの娘はお休み中ぐぅぐぅ

育児休暇中でも一応仕事は続けてる、稼ぎはわずか、中途半端。メインは主婦だから主婦。

ま、身をもって世間様の主婦に対する評価や視線を感じることができたわけで、悪いばっかりでもない。

子供預けて仕事した方が精神的にも経済的にも楽だけどな~
もう少し、母ちゃん業を続けるっ。ふんばるっ。筋トレもするっ。

今晩友達と予定してたお食事は娘の風邪により延期決定…。

けど嬉しいお知らせ来た、来た!

ライブオファー音符

こないだのライブ、あれでよかっただすかガーン

素晴らしいギタリストと、まだボーカリストの「ボ」も語れない私とのアンバランスなデュオ…

嬉しいドキドキ本当に本当にありがたいことです。一つ経験積ませていただきますキラキラ

が平日につき、夫の勤務日なら諦めるしかないのだけど…

お寺のライブも楽しみ~o(^o^)oワクワク
Facebookってすごいなぁ。

音信不通だったスロヴェニアの友人が見つけてくれた。ぃや~懐かしい!

18~19才を過ごしたスロヴェニアの首都リュブリャナ。当時は隣国クロアチア、ボスニアは戦争の真っ只中。

高校から海外に留学したかったが許してもらえず、高校卒業後、大学受験した後やっとこ許しをもらえた。合格発表も待たずに出国、アメリカ、フランスではなくこの国を選んだ。スキー留学ということで。スロヴェニアで合格通知を聞くも学費がもったいないし大卒はいらないと…
今、親となった立場からすると、なんて娘だ!と思う…m(__)m。
予定通り1年でスキーはやめて、ドイツへ移ったのだけど。

ユーロになっていない当時、スロヴェニアの物価は安かった。一人暮らしの家賃、生活費、スキーの費用も日本と比べたら破格。18の娘が毎週のようにジャズバー、クラブ等夜遊びできる程。一晩千円以内。

市内唯一と思われるジャズバーは上品な社交場。アパートが空くまでの数日間泊まった市内唯一のシティホテルで知り合ったおじさまが、よく連れてってくれた。居心地のよい店だった。
クラブはラリった若者の多いこと(笑)。でも、どこへ行っても皆とても親切に、フレンドリーに接してくれたし、友達にも恵まれた。

今回Facebookで繋がった友人家族はボスニア人。家族同然の付き合いの中、たまたま私も居合わせた夕食時…戦争で片足を失って長男が帰宅した。彼らの故郷は激戦地、そんな中暮らす人々に物資を送りたいと日本の親に許可を得た上で購入した、子供達への防寒具や靴・大量の食料とチョコレート。長男と父親が物資を届け、無事帰宅した時は泣いたっけ。

スキーで他国いろんな町に行ったが、思い出すのは、普段の生活で出会った人々の温かさ。

なんて、昔のこと懐かしむのも悪くないね。
またしても一人晩酌となる今夜、いろいろ思い返してみよう。


さてと、娘も昼寝から起きる頃、息子も帰ってくる…

おし頑張んぞー(^o^)/