2011/09/14 | Shell in BLUE

Shell in BLUE

ひとりごと。

Facebookってすごいなぁ。

音信不通だったスロヴェニアの友人が見つけてくれた。ぃや~懐かしい!

18~19才を過ごしたスロヴェニアの首都リュブリャナ。当時は隣国クロアチア、ボスニアは戦争の真っ只中。

高校から海外に留学したかったが許してもらえず、高校卒業後、大学受験した後やっとこ許しをもらえた。合格発表も待たずに出国、アメリカ、フランスではなくこの国を選んだ。スキー留学ということで。スロヴェニアで合格通知を聞くも学費がもったいないし大卒はいらないと…
今、親となった立場からすると、なんて娘だ!と思う…m(__)m。
予定通り1年でスキーはやめて、ドイツへ移ったのだけど。

ユーロになっていない当時、スロヴェニアの物価は安かった。一人暮らしの家賃、生活費、スキーの費用も日本と比べたら破格。18の娘が毎週のようにジャズバー、クラブ等夜遊びできる程。一晩千円以内。

市内唯一と思われるジャズバーは上品な社交場。アパートが空くまでの数日間泊まった市内唯一のシティホテルで知り合ったおじさまが、よく連れてってくれた。居心地のよい店だった。
クラブはラリった若者の多いこと(笑)。でも、どこへ行っても皆とても親切に、フレンドリーに接してくれたし、友達にも恵まれた。

今回Facebookで繋がった友人家族はボスニア人。家族同然の付き合いの中、たまたま私も居合わせた夕食時…戦争で片足を失って長男が帰宅した。彼らの故郷は激戦地、そんな中暮らす人々に物資を送りたいと日本の親に許可を得た上で購入した、子供達への防寒具や靴・大量の食料とチョコレート。長男と父親が物資を届け、無事帰宅した時は泣いたっけ。

スキーで他国いろんな町に行ったが、思い出すのは、普段の生活で出会った人々の温かさ。

なんて、昔のこと懐かしむのも悪くないね。
またしても一人晩酌となる今夜、いろいろ思い返してみよう。


さてと、娘も昼寝から起きる頃、息子も帰ってくる…

おし頑張んぞー(^o^)/