旦那の入院生活。

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とりあえずこれを書いておかんとね・・・。
日付がだいぶ空いてしまいました。

旦那さんの入院生活について、続きを書いておこうと思います。
入院生活の大変な所は良く書かれてますが・・・
今回は、私の変わった視点でお送りさせて頂こうかなと思います。


病院に搬送された後、連絡をくれたのは、旦那さん自身でした。
私「もしもし。」

旦那「入院することになった。」

私「え?!大丈夫なの?」

旦那「今その手続き中。とりあえず携帯持ってきて?」

私「今すぐ行っていいの?他に何かいるの?」

旦那「実は・・・・で、こんなせつめいをしてもらって、、、かくかくしかじか」

「(NS:すみません・・・長くなるなら別の電話で・・・)」

旦那「とりあえず携帯持ってきて。」

ポカーンとする私。

実はその前に
突然のことで冷静な判断ができなかったので、とりあえず誰かに助けてもらおうと思った。
そこで、いろんな人の顔を思い浮かべる。
義理母、義理父、自分の母・・・・etc
目を閉じて、自分の心を落ち着かせてみた。とりあえず誰なら助けてくれる?
義理母・・・だめだ。この人に話したら、この人が倒れてしまう。
義理父、絶対義理母がくっついてくる。
母、頼りになるけれど、遠いし、相談しても何もならない。
友達・・・迷惑かけちゃう、あとは・・・

そう思い返した時、おばさんがでた。あまり連絡を取ってないけれど・・・
誰よりもしっかりしてて、何かいいアドバイスをくれるはず。

電話を掛けたら、この判断があたっていたようで・・・
持っていくべきもの、必要なものを教えてくれた。
子供を預かろうかとも言ってくれたけれど、旦那の様態が落ち着いていたし、子供が会いたいといったことで、連れていくことにした。

おばさんに言われた荷物と、携帯+子供たちを引き連れて、電車→バスと乗り換えて・・・
初めての病院に向かった。
息子が生後1カ月で入院してたから、都会の病院には感激してたけど・・・
病院の第一印象・・・・うわ・・・ぼろい。(失礼な奴!!)
実家の中央病院(私の町の奴は改装してきれいになった)を思い起こさせた。

4階建て。
入口付近に救急いりぐちがあって、入ってすぐが受付、右側に広がる診察室。
指定された、4階にエレベーターで向かって
部屋に付くともう名前が入ってた。そこは4人部屋。白いカーテンで区切られて、相変わらずなんか作りが古い作り。
セキュリティも甘いし、奇麗な感じじゃないし・・・

でも後で知った話、確かに古いけど、此処は某病院達よりずっとましだと言われてしまいました。

カーテンを開けると、点滴を刺された主人が病院着をきて、寝っ転がってた。
顔色は家にいたころよりよさそう。
「どう?まだ痛い?」
「薬いれてもらって、落ち着いた。」

原因がとりのぞかれたわけじゃないけれど、救急車を呼んで良かったなと思った。
私じゃ結果何もできなかった。人の手助けがいかに力強いかを実感した。

携帯を渡して、主人からなんとなく聞いたが、説明を端折られてわけわからん。

「先生があとで説明してくれるらしい。」

旦那の言うとおり、先生がやってきて、別室に移動。
そこで説明を聞いた。
原因はやっぱり胆石。

(参照:https://health.goo.ne.jp/medical/10I60100

主人の場合は、胆管は、十二指腸乳頭にむかって狭くなっていくのだけど・・・
その狭くなった所に石が詰まって、それが動いて今回の発作に至ったとの事だった。
ちなみに、その石の出所は不明なのだけど、今回の検査で、胆のう内の発覚している大きな石、以外に胆のう内に複数石を持っている事が発覚した。

今回運ばれたのは消化器内科。
処置として、乳頭を切開して、胆管から石を取り除き、胆嚢から石が落ちてこないようにチューブを入れる。
そして、別の日に再度入院で、チューブの抜去と胆のうの摘出を行う事になった。

と告げられた・・・。
 

そこで思う。

私「全部まとめて出来ないんですか?」
何度も入院するのはてまじゃんか!!!!

Dr「ふつうは一緒にやらないんですよ。」
普通なんて聞いてないし。

私「一緒にはできないものなんですか?」

Dr「分野が違うんです。私は内科なんですが、今回は内視鏡を使って処置します。その後は外科の先生と連携を取ってから、腹腔鏡で外科の手術となります。」

とのこと。なるほど!確かに一緒にやってくれという人がいて、一緒にできないと先生が言うはずだ(笑)



すみません

時間かかってるのでまた書きます!!

旦那の入院から、再入院(11月下旬)まで・・・・
何もないと思っていたら・・・
大切な人を亡くしてしまうという、突然の出来事が降ってきました。

2018年1月1日まであと、76日。
カレンダーで言うと2カ月と15日。

こう、どうして私の世界は、いつも落ち着かないんだろうなぁ。。。。

私は普通の世界が嫌いだった。
右にならえの日本の習慣も嫌いだし、時間に正確とか、まじで無理。
若いころはそれでよかった。
怒られても、責任などなかったし、自由にやればよかった。

でも、今はそれじゃだめ。
自分の一挙一動、それがすべて何かにつながっていて、
その行動によって、今の私がわからぬ数分後の未来につながっていく。

大人になりたかった10代。
でも、大人になってしまった30代、その責任の重さを毎日痛感している。
且つ、私の知らないところで起こる私を巻き込んだり巻き込まなかったりする日常に
驚かされたり、笑わされたり、泣かされたり・・・なんかもうめまぐるしい。

 

私は、普通の人じゃないって気が付いたのは、いつだったろうか。

最初はたしか、会話がうまくかみ合わないって思った。
相手の言っている事はよくわかるんだけど、私の返しの論点がそこなの?みたいな・・・
言葉を発するたびに、何なんだ?その発言。という顔をする人たち。

極論が学校を中退をするきっかけになった尊敬する人の一言。
「貴方とは一緒に仕事したくない。」

当時19の私には相当ショックだった。
でも、今思い起こせば、そう思うよ!!って納得できる。
子供というか、経験足りなかったなぁって思うんだ。

母に言われて、周りに言われて、失敗の場数を踏んで・・・
少しずつわかってきた。少しずつ見えてきてる。
でも、努力したって普通の人なんかにはなれないし、普通の人を装う事も出来ない。

だから私は、自分らしく生きることにした。
おかげで、世界はいつも同じじゃなくて、不公平で、でも、刺激的で人生を続けていきたいと思う。

私の世界。
どんなふうに見えるか・・・伝えてみたい。

子供の事もそうだけど、
どんな毎日が起こってるのか、興味ある人には是非見てほしい。

でも、性格が不精だから、毎日書けないんだよね。

やっぱり毎日書いた方がいいんでしょうか。
こんな変わり者の世界、残せる機会なんてめったにないもんね。

人生初。

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人生初。
そんな経験、めったにできるもんじゃないし・・・
以外と外出先で、新たな出会いによってもたらされることは多いけど・・・。

この間家の中で、私は人生初の経験をさせてもらった。

ことは、9月12日火曜日。
晩御飯は、主人の大好物、鳥の皮いため。

その日は、主人の機嫌が悪く、めったに怒らないのに、散らかっていた洗濯物に対し

「これ片付けろよ!」と嫌そうな顔で、一か所に集めていた。
私は私で、日常の大変さも知らないでと、「(弟)が・・・」と言おうとしたら

「人のせいにするなよ!」とさらに怒られた。

自分の中で消化できなかったものがあって、私もいらいらし始めて
晩御飯を適当に並べ、弟と一緒にお風呂。
それでも、ずっといらいらしていた。

 

お風呂から出て、気持もややさっぱりしたところで・・・寝る支度をと思っていたら
主人がうずくまっていた。

この姿勢を私は知っている。これは”胆石発作”だ。

胆石発作っていうのは、

主人曰く・・・

総胆管や胆のう等の石が動くことで、激しい痛みを感じるんだそうだ。

私はそれに”発作”という名前を勝手につけて、”胆管発作”と呼んでいる。

 

最近頻度が少なかったけれど、まぁ、いつものことだろう。2時間ぐらいで収まるだろう。

と、弟とさきに床に就くことにした。
明日きっと会社休むんだろうなぁぐらいにしか考えてなかった。

 

朝、起きたのは7時半。

寝室をのぞくと、兄の寝姿のみ。

主人の部屋まで行って、様子を見ると、昨日のままだった・・・。
聞くと、苦し紛れのあいなかから、うなずきで、昨夜から発作が続いているとの事。


とりあえず、兄がいたので、学校へ行かせ、主人に様子を聞く。

この時点で8時半。様子は変わらない。

救急車も呼ぶ事を聞いたんだけど、呼びたくないというので・・・

弟の幼稚園説明会と重なっていたので、それを終わらせた。
携帯をにぎりしめ、頭半分どっかいった状態で聞く説明会。
なんとか無事終わり時刻は10時半。

 

主人の様子は変わらなかった。ひたすら猫背よりもさらにおなかを押さえてうずくまる。

みるにみかねて、救急車を呼ぶ前に相談するところに電話したら

「うちは自力で病院にいける人に病院を紹介しています。救急車呼ばれることも考えられた方がいいですよ。」と。


この時点で、多少しゃべれるものの、痛みは変わらず
本人いわく、まったく動けない感じだった。

発作がおきてから、考えておおよそ10時間経過。
痛みも変わらず、おさまらず、本人の体力に限界が見えた。

救急車呼ぼうよ。っていう相談を始めたんだけど、本人が不安がっていたので

救急車を呼ぶ際必要なもの等を調べて、本人に伝えたら

納得してくれたようで、「救急車呼んでほしい。」と助けのサインがあった。

ここで、人生初119番。

緊張しながら、かけると、、、「こちらは119番です。消防ですか、救急ですか。」と。

何を話したか覚えてないが

救急ですということ。

昨日の夜から症状が出ていて、体調変わらず、本人が限界な事。

その痛みによって、本人が自力で動けない事。
それを伝えると「救急車手配しましたので自宅でお待ち下さい。」といわれた。

その間に、袋に、着替え、靴下、下着、タオルを入れて、財布だけ持ってた主人の財布を預かり、一緒に入れて、玄関に置き

どきどきしながらまっていると、5分前後で来てくれた。

サイレンが遠くから聞こえる。

坂を下りてくる。

それを感じて、「私迎えに行ってくる。」

そういって、階段を下り、1階で待っていると、家の前で救急車は止まる。
隊員が3人おりてきて、挨拶。「すみません。よろしくお願いします。」

ストレッチャーいれようとしたんだけど、「エレベーターそれのらないです。」といって、
3人を主人のもとに案内した。
2人は救急救命士さん。グレーの服を着ていた。ベテランさんと中堅さんって感じ。
1人は運転手さんけん救命士さんかな、水色の服を着ていた。

家に入るなり、玄関でうずくまっていた主人を紹介する。
緊張していて記憶うろ覚えなんだけど、緑色の簡易担架的なものの上に主人を乗せて
L字がたで、3人で持ち上げ、エレベーターに乗る。
そして、1階のストレッチャーに乗せた。

救急車の中では、血圧、体温、聴診等一通りの事を行いつつ
もう1人が聴取、そして病院判断を行う。
病院がきまってからの出発。私は弟がいたので同伴せず。
「病院から電話がかかってきますので、それを待って動いてください。」といい

救急車は出発していった。

あとで聞いた話

主人の救急車の感想。

質問攻めで、しんどかったそうだ。いろいろ言われている間に病院に付いた。

本人いわく、2回目の搬送となった。

 

 

※補足※

本人が連絡とれない場合には、病院から連絡来るそうですが
うちの場合、本人落ち着いた後連絡とれたので、「携帯持ってきて」と病院からかけてきました。


続く。

書くこと多すぎて(汗)

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何から書いていいんでしょう。
書くことすらサボっていたので、書くことがたまりまくっています。

とりあえず、9月のあったことで大きなものを並べると

・兄 合同運動会(川崎市)
・弟 保育園・幼稚園見学+進路相談

・パパ 入院

 

ってところかなぁとおもうんだけど・・・。
お兄ちゃんのは、報告
パパのは、日記+報告、弟のは現在進行形で・・・
って感じになると思います。

とりあえず、弟の件で、頭いっぱいなんだけどね。

パパの事も書いておこうかな。

言えんかった。

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今日は何となく最悪な1日だと思っていた。

何となくだけど占いを見ても結果が悪かったし

行きたい気持ちも、なかったし
時間に余裕があったのに気持ちだけが遅れてしまって

結果予定時刻を20分オーバーするとか、そんな事態だった。

幼稚園のプレでした。
下の子としぶしぶいってきたんですが、
なんか複雑な作りの幼稚園で、出口やら入口が沢山あるのに

なんでかあちこち閉めちゃう感じで・・・
私が行った時、すでに時間オーバー。
門は開けてもらえたんだけど、園内にはいる扉が閉まっていて、しかたなく
園庭の方から回って入ろうと思ったら
園庭見た瞬間、子供に遊びたいスイッチが入ってしまった。


でもそれはたぶん言い訳。
そのまま担いで上がれることもできたし
呼びとめれば、ちゃんと付いてくる子なんだ。
だから、一番行きたくなかったのは私。

なんかもう入れなくて・・・
心が固まってしまって、動けなかった。
だから園庭で遊んで帰ってしまった。

後で先生に見つけて、子供を言い訳にしたけど・・・

本当はさ
気が付いてるんだよ。
幼稚園に入って、いかに自分の子供の成長が遅れているかという事を。
それだけじゃない、完璧に発達障害の子の特徴が出ていて
興味がそがれて、幼稚園の予定どころじゃなくなっている事を。

そんな教室に入って、一緒にいろいろやろうとか、、、息子はそんな空気じゃなくてさ。
やれといわれればやる。
だけど、何のためにやってるのかもわかってない。
それが、楽しいかなんてわからない。
そんな感じで参加して、プレが本当にこの子の為になってるのかすら分からなくなって・・・

この幼稚園でいいかという事にも疑問を持ってしまった。

療育センターの方が、下にはあってるんだよ。
楽しそうだし、お友達も意識しているし、何より頑張ろうといろいろ取り組んでいる。
先生にも懐いてきたし、バスも楽しそう。

でも、普通の子との生活も必要なのもわかっている。

やけん、悩んでしまったんだ。

なんか重荷になった。

 

そんな今日、話を聞いてくれる友人が何人かおるんやけど
「なんかあったん?」っていわれて

途中まで説明したのに、言葉を切ってしまった。

 

友達には、理解できないだろうなと思ったのが1つ。

その人も大変なことを知っていて、背負わせたくなかったのが1つ。

あと、現実に直面してしんどくなるのが嫌だったのが1つ。

 

ともあれ今日は調子よくないってことなんだと、今改めて思う。心がしんどいけんね・・・。


やっぱり言えんのよ。
なんかもう、自閉症の息子とは長い付き合いなんですよと・・・

たまに笑ってごまかす時もあるけどさ
何が一番つらいって

一般の子供と触れ合って、自分の子供に視点移した瞬間かな。

 

・・・。

そんな風に見えないですよ。
これ読んで、私に会ったら皆そういうだろうな。
言えんもん。

言わんもん。

 

思うよ。
私が障害もっとるんじゃないか。私もなんかおかしいんじゃないか。
なんで私の子供達ばかりが自閉症なんだとか・・・

叫びたい。叫んで治るなら、世界中の人が聞こえる声で叫んでるかもしれない。

私だって辛いんだ。
やけん言えんかった。


辛いことばっかりきいて、喜ぶ人はおらんやろ。
それに、しんどい時にしんどい事聞いて上がる人も居らんし。

今結婚前のリセットボタンがあれば、おすかもしれん。
ゲームがやり直せるみたいに、ぽちっとおしちゃうかもしれん。

でもさ
どうせリセットできるんやったら、もう私の存在すらリセットしてほしいと思う。


私が子育てで苦労してると同じぐらい、いあそれ以上
母は苦労して私を育ててきたのしっとるけん
母が押さんかった以上、私もおせんなぁと思うのです。

 

そんなボタンなんてないけどね!!

今日は、地元弁で書きたい気分で、半じもと弁でお届け中。
どこなんかは、何となく察してもらえたら嬉しいです。

あ、どっかに書いてあるか(笑)

 

今日は今日の風が吹いて
明日は明日の風が吹くよね。

いろんな幼稚園見に行ってみようとおもっとるけん

もうちょっと頑張ってみようわいね。

 

私の持論。
同じ痛みを味わった人にしか、この痛みはわからん。
やけん、発達障害(うちの場合は自閉症)の事はこのブログか、同じ仲間にしか話しません。


そういう事です。
はーちょっとすっきりした。