私の名前も義理父の口から出なくなり

敬語を使われた瞬間

これが家族の寂しさの瞬間だと知った


痙攣発作で

倒れる義父

運ばれた先で会ったのは

知らない人の様だった


小さい脳出血がある父は

戦争時代の事を語る父に変化し

孫の名前も

私のことをちゃん付けして呼ぶ顔も

なくなっていた


仕事モードにチェンジして

できる事をしている間に

義理父の発作が再発して

おいだされる私たち


もう戻ってこないのかな

孫も息子も

情をかけたのか

身勝手なことをして

腹立つ義理父

いなくなって寂しくないと思ったけど


豹変してる父に

同様してる自分に気がついた


だけど

事は進む

自分の生活もある


やるしかないんだ

自分が出来ることは


そして明日も仕事に行く

寂しさとやるべき事と

会いたい先輩たちに会いに行くために


ものが掴めることを知りたくて

してもらう握手


だけど自分は

繋がれる瞬間だと思っている


いい人ばかりじゃないと知った

怖い思いをしたんだ

まだ残ってるよ


だけど

やっぱりいい人が多くて

人とはなんなんだろうと思ってしまうし

見えてない部分も多いんだろうと

思っている


繋がりたいわけじゃない

でも

繋がらなきゃ見えてこない


結果繋がりたいのか

訳分からん


手から伝わるのは

力だけではなく

冷たさやその人の気持ちも

伝わる時がある


仕事か

趣味か


趣味にしちゃいけんな

アニメの話と一緒にするなと

言われそうだけど


今日飲み込みが悪いと

こんなの知らない、そんなにお手伝いしないから

分からないけれどと

言いながらお客様に食器をあてがうスタッフと

怪訝そうな顔で抵抗できないお客様が


なんだか心に残った


私は介護士

時間に気をつけなきゃいけない

決められた制限時間の中で

相手の心に触れる仕事をしている


よくお客様から聞く

私はどうして死なないのだろう

なぜお迎えが来ない


あなたがいなくなると寂しいと伝えたお客様に

「あなたの為に生きてる訳では無い」

といわれて心に刺さった

痛みではなく、それが事実だと思ったから


メイドインアビスのタイトルをつけたのは

プルシュカの生き様と

なんだか重なるところがあったから


ご家族のお気持ちや本人のご意思で

施設という箱に入り

外の世界とは少し違う世界で生き始める


時に家族を思い

時になくされた最愛の方を思い

色んな方と出会って

考えや心を変えられ

日時を重ねることでも変化されていく


高齢者虐待なんてうちの職場にはないと言いたい

少なくとも私は知らない


何かあればすぐ伝えくださる方も多いから

そうはならない

だけど私たちが何かどうにかした際は

ううん

例えば介護中になにか間違った方法で接してしまうだけで、相手の体や心に傷を作ってしまう


それぐらいもろく

尊く

優しい存在


そんな皆さんの日々を重ねるお手伝いを

させてもらってる


私は心に触れたい

一緒に生きるから

生きてよかったと思える一日にして欲しいから


それなのに

そうは思わない介護士もいて


同じアビスの世界で生きる人間で

こうも違うものかと

うんざりする

だけどその人にはその人のやり方があって

それは正しいのかとアビスが決める


何も言えない

私も同じアビスの人間だから

未熟者が言う資格などないから


書いてちょっとスッキリした

私は明日もアビスで生きる

尊敬できる方も大切にしたいお客様もいるから


世界は残酷だ

生きてるだけでそう感じる


だけど

しんどいからこそ幸せが幸せだと感じる

それもまた世界の破片


そんな世界を私は増やしたい

どこに書いていいのかよくわからなくて
何か心を動かされる体験にあった時

やっぱり文章を書きたいなって今日あらためて思った

 

最近の私は

人の心を読む毎日を過ごしています

 

超能力とかそんなんじゃなくて
表情とか目の動きとか、心理学の知識なんてまったくないけれど

目の前の人が何を考えているのか
何を思っているのか
考えてみたくなる時があります

介護士という仕事を通してが一番だけど
やっぱり取り繕って言っている言葉が多いと思う
それは”嘘”かもしれない
”嘘”がわるいというわけではないけれど

せっかくその人と一緒にいる空間があるのだから
楽しんでほしい、喜んでほしいと思う

認知症は忘れてしまう

今楽しかったこともうれしかったことも人によっては綺麗になくなる

それでもいいと思う

 

1分1分生きる今の意味を

その人の気持ちを汲み取って

生きていてよかったんだと思える瞬間にしたいなんて

 

ちょっと野望大きすぎですが

 

だから毎日訓練。

電車とか街中とか、一人一人をちらっと見て(じろじろ見るとね、気持ち悪いじゃない?(笑))

何を思ってるのかなぁとか
人の雰囲気をキャッチして、自分の情報にしています

 

だけど

心の声は聴きたくないと思う

だから正解なんて一生つかめないと思うけど

 

私は

介護士としていろんな人と一緒に生きていける人間になりたい

と思っています

 

10代の頃にハマっていた漫画が
フルでアニメーションになった

それでも
前にあったアニメは私の宝物で
dvdも未だに大切にしている。

今の作品はそこから少し違うけど
青春を思い出しているみたいに見える
特に2クールから。。。

毎週泣く。最近泣きすぎ。
気持ちがグラグラで
大好きな人が今はいてくれるから
私は幸せなのだけど

当時は
リストカットもする、親とも喧嘩
何やってもダメ。

呪縛世界にいる自分だと思っていて
せつない気持ちが漫画と重なったから
透の存在は私の救いでもあった

新しい巻が出る度に
私の心も救われていった
笑っちゃうよね。。。

今は
不安定な息子と
成長ゆっくりな息子を支えて
認知症のお年寄りの方の番組とか
見ながら泣いたりして
ちょっと変わった成長をしている所です

昔の私が
今の私を見たらきっとびっくりする
それぐらい私は成長してきたんだ
言い切っていい!!今思う
でもまだまだなんだよなぁ

大事な人ができたから
私は形を変えた
人生上手くいかない時ばかりだけど
たまにピースがハマったりして
そんな時がめちゃくちゃ嬉しかったりする

いつかは私の元を
育ってくれなきゃ困る子供たちと
今は一緒に生きていきたいです

旦那さんと出会えた時
お兄ちゃんを産んだ時
弟くんが増えて、4人になった時

出来事が進んできた道なら
それらは真っ直ぐなんかじゃなくて
階段だったり、急坂だったり
滑り台だったりするんだけど

家族が一緒にいてくれて
本当に良かったなって思ってます

旦那が弟くん可愛いんだって
なんかめちゃくちゃいい顔するんだよ
あの顔を見た時
幸せだなぁって思っちゃいました

いまの自分があるのは
フルーツバスケットがあったからといっても
過言じゃない!!
年甲斐もないけど
今後も応援してます

高屋奈月先生ありがとう!!
フルーツバスケット大好きです