10時間に及ぶ手術が終わりました。
「先生から説明がありますのです、お入り下さい」と言われ、別室へ。
娘たち3人(長女と、三女が看護師)と、私の妹、義理兄、そして夫の妹夫婦が一緒に説明を聞きました。
長い間、ずっとずっと無言で待ち続けてくれた夫の親友は、「僕は、そういうの苦手やから遠慮しとくわ。後で結果 聞かせてな」と笑顔で。
本当に本当に良い人そのものです。
先生の話は
リンパ節転移は6ヶ所(後に7ヶ所だと判明)
気管に貼り付いていたリンパ節転移癌は、取るときに気管を傷つけたら窒息するため、深く取れず膜を残す必要があった為、完全に取りきれていない可能性があります。
体力が回復次第、抗がん剤と放射線治療をします。
ステージはⅢC T3 N2 M0
その後、ICUで、麻酔から覚めた夫と面会、私以外の皆はそれぞれ「頑張ったな」「もう安心や」「痛い?」など、笑顔で声をかけているけど、
私は1人1番後ろでかける言葉もなく呆然と立ち尽くしてしまいました。
あまりの変貌、顔は腫れ、管や点滴が沢山繋がれ そしてさっき聞いた「取りきれていない可能性」が頭から離れず、嫌な予感しかしませんでした。
手を握って見つめ合う、それくらいしかできず、ねぎらいの一言が出ませんでした。情けないです。
これから始まる長い長い闘病。
あまりにも残酷で、「終わった」と思っているであろう夫は何も知らす。
家に帰って1人でひたすら泣きました。
泣いて泣いて、内蔵が口から出るのでは?誰か私の内蔵を掴んで捻ってる?と言うような感覚、(そんなことされたことはありませんが)
どうしたらいいんだろう、すぐに再発する、再発する、死ぬんだ。
悪いことばかり考えてしまいました。
この時期は本当に泣いて悲観的になるばかりでした。
「先生から説明がありますのです、お入り下さい」と言われ、別室へ。
娘たち3人(長女と、三女が看護師)と、私の妹、義理兄、そして夫の妹夫婦が一緒に説明を聞きました。
長い間、ずっとずっと無言で待ち続けてくれた夫の親友は、「僕は、そういうの苦手やから遠慮しとくわ。後で結果 聞かせてな」と笑顔で。
本当に本当に良い人そのものです。
先生の話は
リンパ節転移は6ヶ所(後に7ヶ所だと判明)
気管に貼り付いていたリンパ節転移癌は、取るときに気管を傷つけたら窒息するため、深く取れず膜を残す必要があった為、完全に取りきれていない可能性があります。
体力が回復次第、抗がん剤と放射線治療をします。
ステージはⅢC T3 N2 M0
その後、ICUで、麻酔から覚めた夫と面会、私以外の皆はそれぞれ「頑張ったな」「もう安心や」「痛い?」など、笑顔で声をかけているけど、
私は1人1番後ろでかける言葉もなく呆然と立ち尽くしてしまいました。
あまりの変貌、顔は腫れ、管や点滴が沢山繋がれ そしてさっき聞いた「取りきれていない可能性」が頭から離れず、嫌な予感しかしませんでした。
手を握って見つめ合う、それくらいしかできず、ねぎらいの一言が出ませんでした。情けないです。
これから始まる長い長い闘病。
あまりにも残酷で、「終わった」と思っているであろう夫は何も知らす。
家に帰って1人でひたすら泣きました。
泣いて泣いて、内蔵が口から出るのでは?誰か私の内蔵を掴んで捻ってる?と言うような感覚、(そんなことされたことはありませんが)
どうしたらいいんだろう、すぐに再発する、再発する、死ぬんだ。
悪いことばかり考えてしまいました。
この時期は本当に泣いて悲観的になるばかりでした。