前回までの話
ここまでスーパースピードウェイがいかに特殊なレースか書いてきましたが、
特殊性という点では、走行距離の長さもまた特殊と言えます。
500マイルって800kmですから、SUPERGTやF1の2レース半ぐらいあります。
もちろん平均速度が違いますが、何にも起きなくても2時間半、実際には
コーションやらなんやらで3時間を超える『耐久レース』です。
今の車だと、リストリクタープレート装備状態なら100マイル弱の航続距離が
あったと思いますが、それでも、最低5回はピットに入らないといけません。
実際はコーションでもっと増えます。
そしてピットでは、NASCARの特異な要素の1つである『アジャスト』が出てきます。
アジャストの話は過去にも何回か書いていますが、NASCARというのは
非常にレース時間が長く、その間に変化する路面状況に対応したり、
あるいは納得いかないハンドリングを改善するために、ピットでセッティングの
変更に近いことを行うものです。
アクセル踏みっぱなしであっても、特にタイヤが摩耗してきて、集団走行で
空力バランスも悪いと、車の良し悪しで曲がりにくい(=タイト)、
スピンしそう(=ルース)といった物が顔を出します。このままでは勝負所で
動けなかったり、スピンしたりしますからできれば直したいところです。
調整の1つはタイヤの空気圧で、これは他のレースでもある話ですが、もう1つ、
『ウエッジ』と『トラックバー』というものがあり、これがNASCAR独特です。
ピットでリアウインドウ上部にある穴にレンチを突っ込んで、ネジをグリグリ
回すことで上げ下げを行って、車の挙動を変化させます。
私の理解する範囲なので厳密な話が合っているかまでは保証できませんが、
ウエッジというのは、車を真上から見たときの右前-左後、左前-右後、という
対角線上のタイヤのコンビにかかる荷重の比率を指し、クロス ウエイトとも呼ばれます。
4本足の机を想像していただくと良いのですが、普通に置いていると
その4本の脚には均等に体重がかかっています。
机が1600gだったとしたら、全ての脚に400gずつの体重が乗っており、
クロス ウエイトで言うと、右前-左後 も 左前-右後 もそれぞれ800gずつです。
これをクロス ウエイトが50%、と表現します。
ではここで、左後の脚の下に厚紙を1枚挟んだとします。当然バランスが崩れて
グラグラしますが、この時、左後と、その対角線上である右前にかかる体重が
もう一方の組よりも多くの重さを支えることになります。
例えば右前ー左後にかかる重さが816gになったとすると、もう一方は784gに減り、
51% 対 49% になっています。これを俗に『ウエッジを足す』と表現します。
右前-左後を基準に表現するのが決まりなようです。
どうなっているのかというと、どうもこうなっているようです。
スプリングの付け根部分が上下するようになっていて、下げると
スプリングが押し込められるので荷重が増えるようです。すげえ仕組みw
一般に、ウエッジを足すとタイト、減らすとルース方向になるそうです。
一方でトラックバーは左右の後輪の間に突っ張り棒のように入っているもので、
突っ張り具合でロールセンターをいじることができます。
ロール センターというのは物体が動く際の動作の中心となる場所、
だったと思いますが、この辺はもっと物理に詳しい方に聞いてください^^;
GTで車高の調整と挙動の変化が実車のようにならず、特に5では真逆に
作用したのは、ロール センターの計算のせいでは?とマッキーさんが言っていて
実際Wikiにもそう書いてありましたね。
車高を下げるとロール センターはもっと下がって、結果基本ロール量が
増えてしまい・・・うーん難しいw
それはさておき、基本的にトラックバーを上げるとルース、下げるとタイト方向に
アジャストされます。
トラックバーは一昨年から車内からも操作可能になりましたが、ネジで回してるのを
電動の小さいモーターでキュルキュル動かしているにすぎないので、
時々壊れて動かなくなりますw
また、さらに大きな変化をもたらすため、サスペンションのスプリングにラバーを
入れたり外したりして、レートをいじってしまうという荒業もあります。
ウエッジよりも強烈に効きます。
ただいずれも、あくまで基本セットがあってのことなので、ダメなものは
ダメなこともありますし、キャンバーやトーはもちろんいじることは不可能です。
ピットはできればコーション中に入りたいですが、アンダーグリーンの場合、
大事なことが1つ。絶対に大勢で入ること。
というのも、一人で走ってはいけないのが鉄則なので、うっかり一人だけ
ピットに入ったら、出た後に周囲に誰もおらず、ドラフティングが使えなくなって
置いてけぼりを食らうからです。
1.5マイル以下のトラックでは、グリーンで入ると一時的に周回遅れになり、
その直後にコーションが出ると大損することがあるのでできればギリギリまで
引っ張るのがセオリー。
一方で昨年あたりからかなり摩耗の激しいタイヤを意図的に採用しているので、
アンダーカットを狙ってあえて早く入って揺さぶるということも出てきています。
しかし、1周が長いスーパースピードウェイの場合、よほどリーダーから
遅れた位置でない限りは周回遅れにはなりません。
先に入った後すぐにコーションが出てライバルがコーション中に入ると、
1.5マイル以下とは逆に、先に入った組は前からリスタートできてしまうので、
航続距離ギリギリで行かないと最後に1回余分な給油が増える!てな事情でもない限り
引っ張りすぎる意味はあまりありません。
一方で、タイヤ摩耗がタイムに与える影響がほとんどないので、先に入っても
アンダーカットできません。
そのためあまり作戦上タイミングをズラす意味がなく、それよりも
みんなで入る方がよっぽど大事なので、だいたい3周ぐらいに分かれて
3つの集団で入ることが多いです。
作業ミスもはぐれる要因なので大きなロスはご法度。レースの後半になると、
良い位置で最後を迎えるためにタイヤ2本交換/無交換もあり、あまり旋回で
タイヤに依存しないスーパースピードウェイでは通常走行する分にはそこまで
不利にはなりませんが、勝負所での瞬時の動きに制約が出るので
ノーリスクではありません。
こうした作戦は、クルーチーフという職の人が取り仕切ります。
選手名鑑もどきでもわざわざ名前を書きましたが、クルーチーフはドライバーに
専属で就き、セッティング、作戦、アジャストに関するドライバーとの密なやり取り、
じゃあその話を聞いて次のピットでどうするか、コーション時の作戦は、
出なかったらどうする、燃料は足りるのか、そんなレースの流れ全般にかかわる
大事な役割です。優勝争いしてると最終盤には
よくテレビがインタビューに来て「作戦どうすんの」とか「燃料足りるの」とか
聞かれている、ラリーのコドライバーにも似たような、大きな存在の『相棒』です。
また、今年からの大きな規則変更として、レースが3つの『ステージ』に分割され、
約25%と50%の2回で必ずレースが一旦止まる、という要素ができました。
200周のデイトナ500では、60周目、120周目が区切りと発表されています。
ステージ終了とともにコーションになり、必要があればピットに入ることになります。
そのため、ここで一旦レースが止まることが分かった状態で作戦を立てる必要が
出てきそうです。
通常の航続距離からすると、最初のピットは35~40周辺りで入るのが
通例だったと思いますが、最初の2ステージは60周しかないので、
半分の30周で早々にピットに入ってしまう可能性がありそうです。
コーションが出た場合にも、その時点から『残り〇〇周』と予め
分かっていますから、今までのレースとは違った頭のひねり方が必要に
なってくるのではないかと想像しています。
また、2つのステージではそれぞれ上位にボーナスの点数が入る、ということも
今までと違うポイントになりそうです。
上位を争う人たちからすれば、わざわざリスクを負ってボーナスをもらうより
レースの勝利が大事ですが、スーパースピードウェイは最低限動く車であれば
誰でも同じ速さで走れる、という特徴から、普段ならほぼ上位を走ることが
あり得ない人たちも平気でトップ10に出てきます。
そうした人からすると、普段ならほぼビリ近辺で1点とかしか取れないのに、ここで
ステージ上位なら5点とか、勝てば10点もらえる、そのチャンスが2回あるわけですから、
これはとんでもないボーナスなわけで、これを獲りに来る可能性が考えられます。
じゃあ、そうやってあまりなじみのない顔ぶれが前の方に出てきたらどうなるか。
どうしても見切りが悪かったり、予想外の動きをしたり、滑って自滅したり、
ということが出てくるので、結果的にそれに上位の人が巻き添えを食うリスクもあります。
デイトナ500ではこのステージ優勝に対するアプローチも見ものになるでしょう。
そしてもちろん、メインであるレースの勝利にも、下位勢は下剋上を夢見て
割り込んできますから、終盤に、上位の中に不慣れな人、あんまり名前を
聞いたことが無い人が混じっていたら、「この人なんかやらかしそうだな~」
と思いながら見ていると良いと思います。
たいていその周辺で最後の数周に何かが起きます。
作戦という点では、そもそもそういう厄介ごとに巻き込まれたくないので、
レースの終盤までははるか遠くの離れた場所で走るという超消極作戦もあります。
ただ、後方待機作戦するにしても何台か仲間がいないと周回遅れの危険があるので、
できればチームメイトで一緒に走るか、遅い人のリーダー役にでもなる必要があります。
周回遅れにビビッて中途半端な離れ方をしていると、意外とクラッシュを
避け損ねたりということもありますし、あまりにコーションが出ないと
追い上げる時間が無くなってただ遅く走った愚か者になるかもしれないのが
この作戦のリスクです。
集団で走っていないからいざ集団に入ったらハンドリングが悪い!
なんてこともあるかもしれません。実際、この作戦をやった上で勝った人って
あまりいません。
どちらかというと、選手権を考えてポイントを確実に取りたい人向けの作戦で、
開幕早々やるものではないので、デイトナ500ではあまりいないかもしれません。