F1にポイント2倍制というけったいな案が出てきたのはセバスチャン・ベッテルが
勝ちすぎているからでしょう。同様にNASCARもジミー・ジョンソンが圧倒的に強い
今の状態を良しとしなかったことは想像に難くありません。
2006年から5連覇し、昨年6度目のタイトル。安定した速さとヘンドリックモータースポーツという
シボレー勢のトップチーム、そして戦略と車の調整の的確さに長けるクルーチーフ、
チャド・カナウスの組み合わせはまさに鉄壁。しかしだからといって
最終戦強制4つ巴同点決勝という荒業でそれに介入するというのはどうなんでしょうか?
まずチェイスまでのシステム変更。従来の12人から16人に枠が増えましたから
単純に考えて去年までギリギリ届かなかった人が出れる可能性が増えました。
1勝すればかなり確実、2勝ならほぼ確定ということですから下手すれば開幕
2連勝でもう進出が決まることもあるでしょう。
チャンスが増えるという点で気合が入るのがロードコースを得意とするドライバー。
マルコス・アンブローズや、(今年はもういませんが)ファン・パブロ・モントーヤは
ロードコースにめっぽう強く勝てるドライバーな一方でオーバルではそれほどでも
ないために昨年まではワイルドカードにかすりもしませんでした。しかし今年の規則なら
ここで勝ちさえすればあとはそこそこがんばっていればチェイスには出れることになります。
もちろんチェイスにロードコースはないのであっさり敗退する可能性が高いですが・・・
チェイスは3戦ごとに4人が落とされる制度ですが、3戦ごとにレース見ながら誰が残るの
落ちるのとポイントとにらめっこするのは正直疲れる気がします。
当落線上の選手(アメリカではバブルチームとかオンザバブルとか呼ぶ)の動向に
注目して盛り上がりを作り出すのは現代のアメリカプロスポーツの典型的な手法ですが、あまりに
頻繁に山場が来るというのも飽きそうです。
昨年のチェイスではジミー・ジョンソンとマット・ケンゼスがハイレベルな戦いを
演じたものの最終戦手前でケンゼスが大きく取りこぼして大差が付き、最終戦は
車さえ壊さなければジョンソンでほぼ決まりというポイント差になっただけに、
「盛り上がらない最終戦」をなんとしても避けたいという意思がこの細切れノックダウン方式に
現れています。
さらにもう1点。昨年デール・アーンハート・ジュニアはチェイス初戦でエンジントラブルが発生し
大きく出遅れました。残る9レースで彼が獲得したポイントはジョンソン、ケンゼスと
並ぶもの、つまり壊れてなければチャンピオンを争う走りでした。しかし前の2人がまったく
取りこぼしをしなかったため、1度でも落とした人たちが彼らに立ち向かうことは不可能でした。
本来これはたたえるべきことですが、これもまた「面白くない」と考える理由となったでしょう。
NASCAR.comには「過去3シーズンを今年の制度にしたら場合」という記事がありますが
昨年のチャンピオンはジュニアでした。絶大な人気を誇るジュニアがチャンピオンに
なる道筋を作るための変更、と深読みしたくもなります。ただしジュニアは昨年
1勝もしていませんのでこの通りだと未勝利チャンピオンの登場です。
逆から言えば勝たなくても王者になる道筋はちゃんと残っている、ということにもなるので
勝つには力が足りない中堅チームの実力派には嬉しいお知らせかもしれません。
とはいえ、シーズンの流れを無視して、とにかく最後の4人に残ればあとはその日次第、
というのはあまりに従来の常識とかけ離れているように思えます。
悠々と20位台を走るのはつまらないということでしょうが、そのためにはそれまでのレースで
攻めているはず。最終戦だけ取り上げて消化試合をしているかのような見方は
何か違う気がします。他の競技はどうでしょう?
アメリカ最大の人気を誇るNFLは元々週に1試合しかできないため、他競技では
当たり前のいわゆるホーム&アウェイにすることができず、プレーオフは全て1発勝負。
王者を決めるスーパーボウルは出場チームに関係なく会場だけ先に決まっています。
NBAは30チーム中16チームがプレーオフに進出するというかなりの間口の広さ。
プレーオフこそが本番でレギュラーシーズンはあくまで前座、というスタンスが強調されています。
MLBはワイルドカードチームが各リーグ2チームに拡大され、プレーオフの盛り上がりで
さらなる収益を確保しようというスタンスがうかがえます。彼らは「9月○日の時点で
△チームにプレーオフ進出の可能性があった」とワイルドカード制により多くの人に
白熱した試合を提供したことを自慢しています。
「マーチマッドネス」と呼ばれ、高い人気を誇るバスケットの大学王者決定戦
NCAAトーナメント。(ワールドベースボールクラシックがアメリカで盛り上がらない一因は
アメリカ人が3月にこっちを見るからである)。全米に散らばった様々な実力のカンファレンス
(日本で言う○○大学リーグ)のチームを直接対決していないチームが山ほどある中で
ランク付けして出場65チームを決め1発勝負の勝ち上がりで頂点を目指します。
レギュラーシーズンでほとんど負けていない名門大学が下位シードの中堅大学に
敗れるケースも見られ、ファンはこの番狂わせ(アップセットとか呼ぶ)を楽しんで熱狂します。
NASCARと近いのがゴルフのPGAツアー。フェデックスカップというプレーオフがあり
これはNASCARを参考にしたものと考えられます。
ゴルフもレースも上の競技のように「何かと何かの代表から優勝者を決める」という
ことはできません。そこで無理やり世の流れに乗っかろうとするとこうなるようです。
各イベントにポイントを付け、上位者がプレーオフへ。4戦のプレーオフでは1戦ごとに
出場者が絞り込まれ、最終のザ・ツアーチャンピオンシップに出場できるのは30人。
最終戦を終えてポイントが最も多い人がツアーチャンピオンとなります。
NASCARは今回この絞込みの部分を逆にパクった雰囲気です。
ただフェデックスカップはあくまでポイント本位なのに対しスプリントカップは
最終戦の順位がそのままシーズン成績になるのが異なっている部分です。
運営側は1発勝負やそこに至る接戦を演出することで多額の収益を得ようとします。
そしてアメリカ人はすっかりそこに馴染んでいる様子。日本のプロ野球のプレーオフでは度々
「3位同士の対戦が日本シリーズと呼べるのか」といった議論がなされますが、アメリカ人は
「それはそれ、これはこれ」という割りきりがある程度できているのでしょう。
ただ、NASCARの制度変更は反対意見も多いようです。
(多い、という話を聞いただけで具体的な支持率等は把握しておりません)
前回「開幕35連勝しても・・・」と書きましたが、アメリカ的プレーオフスタイルから言えば
「王者決定戦で勝てなかったんだから負けは負け」といったところ。しかし
機械的な面、あるいは当事者同士だけの争いではなく、他に39台のチャンピオン争いに
関係ないドライバーが一緒に走っている、という点は他のどの競技にも存在しない
NASCARだけの特殊な要因です。
確かにいくらリードしていても力を抜いて山なりのボールを投げれば打たれますから
他競技ではレースのように「ほどほどで終わらせる」ことはできません。
しかしスーパーボウルに敗北チームの選手が助っ人で参加はしませんし、バットが折れても
交換すれば打てますし、レブロン・ジェームスが休んでいる間もドゥウェイン・ウェイドは
得点を稼いでくれます。モータースポーツを同じ土俵に乗せて制度設計するのは
やはり無理がある、と私は考えます。
もしどうしても王者決定を長引かせたいなら、せめて10戦を真ん中で割って
チェイス5戦終了時点で16人を8人にする。そのぐらいでよかったのではないでしょうか?
あまりに大きな変革に戸惑うばかりです。
少し横道にそれますが・・・
昨年のF1視聴者はずいぶん減ったそうです。1人勝ちがつまらないからでしょうか?
日本でいわゆる「飛ばないボール」になった後、某ナベ恒雄はホームランが少ないことに
不満を示し「客が減ってるんだよ!」と言いました。
しかし、本当にそれだけでしょうか?確かに1要因として考えられるのは事実です。
ただ、それだけで簡単に逃げるようなファンしかいないならそれは競技団体のファンの開拓が
下手だから、ではないでしょうか?
日本マクドナルドホールディングスをはじめとした外食大手は2011年、東日本大震災後に
大きく客数が減少しました。「震災の影響。いずれ戻る」とどの経営者も口にしていましたが
実際は数年立っても震災前への回帰は訪れません。震災はきっかけにはなりましたが
根本的な原因ではなく、対策を怠ったことが現在苦戦する大きな要因となっています。
逆に、割高で斜陽産業かと思われたファミリーレストランは好業績。市場の変化の
転換点を察知することができませんでした。
何か手っ取り早い理由があるからそこだけを取り上げ、それで解決するかのような発想に
とらわれていては事の本質を見誤ることになります。
今たまたま誰かが強いから、という理由でころころ制度を変えるやり方は、
長年支えてくれたファンをも遠ざけ、後々大きな衰退を招くのではないか。
そんな風に思えてなりません。