【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】夢はいつも
今年の三月に、母の親友が大阪都心の高層マンションに引っ越しされました。三十八階建てマンションの、二十二階へ。おん歳八十六歳で一人住まいの彼女からの連絡が途絶え、骨折したのか、入院でもしてないかしら、と母はわたしに云々。大丈夫、そのうちにお元気な連絡がくるよ、とわたしは答えていました。
彼女は、お若いころから七十歳まではニットデザイナーをなさっていました。著名な創作ニットデザイナーに学ばれ、その後はお一人でニットの個展を毎年、開催されていました。そして七十歳でデザインから写真に創作活動を変更。以来写真に魅せられつづけ、日本中、世界中、どこまでも撮影旅行にでていらっしゃいます。賞も続々獲得され、年間限られた人しか掲載されない写真年鑑誌に作品が選ばれたのは、八十歳前くらいのことでした。
もちろん彼女も夢いっぱいだけの人生ではなく、ご主人、お嬢さまと死別されています。でも、常に前向き。創作に無我夢中。連絡もなく、新しい電話番号も告げられていない母は、何度も心配していたのですが、そんな彼女のことなので、絶対に大丈夫と答えていたのです。
五月も末に近くなった母の誕生日に、彼女から葉書が来たそうです。新しいマンションから見おろした桜の写真の葉書。一番いい写真が撮れて、現像しあがるまで、ずいぶん苦心されて時を要した旨が葉書に添えられていたそうです。引越し疲れで毎日寝込んでいたどころか、さっそく桜のいい一枚を撮ろうと、無我夢中になるひたむきさに、あらためて彼女を尊敬しました。以前住まれていたマンションは川べりで、朝も五時には川にでて、その日、どんな写真が撮れるか、毎日が楽しみでしかたがないと仰っていた、輝く瞳を思い出しました。<鳩子>