遊覧船のお爺ちゃん
秋晴れの祭日、ぶらり天保山へ遊覧船に乗りに行きました。船内は家族連れやカップルなど老いも若きもさまざまに、大変な賑わいでした。
そんななか、デッキにひとりで来られているお爺ちゃんがいました。お爺ちゃんがなにかの拍子にジャンパーに手をやられたときに百円ライターがポケットから落ち、すぐ前のベンチから眺めていたわたしは教えてあげようかと思ったのですが、人生をかさねるように海を見つめているお爺ちゃんの邪魔をするのも気がひけて、そのまましばし見やっていました。
するとお爺ちゃんの前に立っていたモジャモジャのレゲェヘヤーのカップルの女の子がライターを拾いあげてお爺ちゃんに渡そうとしました。お爺ちゃんは思わず反射的に手で違う違うとサイン。
わたしの勝手な想像では、多分お爺ちゃんは連れあいのお婆ちゃんに先立たれた人。全然違うかも知れませんが…。秋晴れの日に思い立って海へ来て、海が大好きだったお婆ちゃんと心だけは道連れだけれど、なにせ賑やかすぎる遊覧船、やっぱりちょっとひとりは淋しいなぁと思っていた矢先に、お爺ちゃんにとってはチョー訳のわからないレゲェヘヤーのカップル。思わず反射的に知らん顔をしたのでしょうね?でも、よく見ると自分のライターなので、お爺ちゃんは「ありがと」ともいわず受けとりました。そのとき、お爺ちゃんの口元はちょっとだけはにかんでいました。モジャモジャの女の子は、彼氏にニカッと笑っていました。
高峰三枝子と上原謙がフルムーンの広告に出ていたのはずいぶん前ですが、天保山にもお洒落でダンディなフルムーンファッションのシルバーカップルがちらほら。でも着古したジャンパーから百円ライターを落として拾ってもらい、ちょっとはにかむだけのお爺ちゃんのために、大きな大きな口をあけて、お腹の底から楽しく笑える、あたたかい喜劇を書いてみたいなぁ…。
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