【シナリオを書いているあなたへのお手紙 for you】冬のような春
下町の病院でのこと。ある日、やくざのおじさんと内縁の奥さんが来院しました。おじさんは末期の癌でした。担当の女医さんがその場で入院を勧めますと、
「先生、この人だけはどんなことしてでも治してあげてください。この人に私はほんまにほんまにお世話になったんです」
お願いですから、お願いですからと、奥さんは女医さんに泣いてすがったそうです。奥さんはスナックで働いていて、障害のある息子さんがいます。おじさんは奥さんがお店に出ている間、何年もの間、血のつながらないその息子さんをお世話し、大きくされたそうです。子どもをたいせつに育ててくれた感謝の気持ちが痛いほど伝わり、母親でもある女医さんはとても辛かったのですが、もう手の施しようもない末期癌であることを奥さんに告げました。すると二人はそのまま病院へは訪れなくなりました。それから何ヶ月も経ち、奥さん一人が女医さんに挨拶にやって来たそうです。おじさんには年老いたお母さんが九州の離島にいて、そこへキャンピングカーの後ろに寝かせて、奥さんが運転して、息子さんと一緒に連れて行ってきたそうです。おじさんは考えたあげくに二人の家族と別れることを決意し、心配をかけどおしだった母の傍で息を引きとることにしました。きっと入院や介護で、たいせつな家族に迷惑をかけたくなかったのでしょう。これは知人の女医さんに聞いたお話です。キャンピングカーでの三人の旅に私の想いは馳せ、あたたかいお陽さまをうけた風景が浮かんできました。
「どんな家族なのかを一瞬に読んで、的確に病状を告げるのが一番たいへんな仕事」
と女医さん。エリート家庭の方が、愛がおざなりにされていることが多いとか。冬めいた春。春めいた冬。人のぬくもりはどこへ…。<鳩子>