私の好きなコメディリリーフ
作品がシリアス一辺倒になりそうなとき、脇の人物にコメディリリーフを配置すると、バランスが保てると云います。私の好きなコメディリリーフは、曾根崎心中の天満屋の女中さんです。これからお初と徳兵衛が心中に出発と云うとき、お初は自分が働く遊郭、天満屋が真っ暗な深夜を迎えるのを、今か今かと待っています。徳兵衛は縁の下に潜んだまま、お初のゴーサインを待っています。ところがこの三枚目の女中さんは、大きな団扇で天井からぶらさがっている釣行燈の火を消そう消そうとするのですが、なかなか消せません。店の主に消すように命じられているのですが、彼女は「あ~ぁ、うるさぁ」と思っています。消えそうになれば、恋のヒロイン、ヒーローは道行き決行モードに入るのですが、頓馬な女中さんはそんな事情は知らず、「あ~ぁ、あたいの仕事はうっとぉしい。こんなこと、はよ済ませて寝よ寝よ」とばかりに、大団扇で釣行燈の火を消すパフォーマンスを寝ぼけながら繰り返します。やがて火は消え、女中さんが大の字に大あくびで眠ったあと、ヒロインたちは、恋の道まっしぐらに、天神の森へ死への旅路につきます。
私がどうしてこのコメディリリーフが好きなのかと云いますと、笑うに笑えない人間への視線を感じるからです。笑っているうちに、はたと、「あなたはこの女中さんを笑えますか?」と鋭く突きつけられたことに気づきます。この世のたくさんの人が、この女中さんのように人生を受けとめていませんか? 生活しか目に入らずに、あ~ぁ、つまらん…それこそ、あなたの現実ではありませんか? 現実と非現実。舞台と客席。その狭間が妙味です。フランス映画のような恋愛至上主義を、上方流ヒネリで表現した笑いが絶妙です。大阪と云うと、コテコテやベタベタの文化と連想する人も多いようですが、なんて洒脱な笑いなのでしょう。私はやっぱり、この町、大阪が好きです。