あいまいな言葉 | シナリオ・センター大阪校 鳩子の日記

あいまいな言葉

 京都の舞妓さんのお話を伺った時のこと。「舞妓さんのお給料ってどの程度ですか?」と初老男性の質問。すると「お小づかい程度どすなぁ」とのお答。この「どすなぁ」が、「ドゥふなぁ」と、はんなりした余韻を残し、雅びな風情を感じました。ずばり金額を答えるのは野暮。あいまいな言葉は、直球の相手を旨くかわす言葉であり、人間関係の潤滑油にもなるのでは…と余韻に反芻しました。

 

向田邦子さんの文章に、乗り合わせたタクシーの運転手さんに著名なシナリオライターと知られ、貯金の額を問われたくだりがあります。「たくさんありません。親の死んだ年齢くらいかしら」と向田さん。それを正しく把握できないのに正比例するほど、シナリオライターとは一律で計れない不思議な職業であり、あげく尋ねても無駄であることにゆきつきます。絶妙のかわし方です。


 人との摩擦の多い向うみずな若者を、心配されたあるご高齢の方が、「かわし方を知らない」と諭されたことがありました。例えば、同様に運転手さんに問われたら、その若者ならまずムッとするのでしょう。それでもまだ問われたら、「どうしてそんなこと聞くんですか? 放っといてください」なんて云うのでしょう。でも、こんなセリフの繰り返されるシナリオは、面白くもありませんし、機微も描けません。


 今、世をあげてあいまいさは否定され、明確に主張する人物の方が理知的であると好印象にとらえられがちです。しかしあいまいな言葉は人間味のある言葉です。関西に多いとも云われます。わたしたちにしか描けないあいまいな言葉と、そこに密かに息吹くやさしさやしたたかさ、たくましさを今一度、丁寧にふり返り、表現してみませんか?