chiaki's "CHEEKY" annex -2ページ目

chiaki's "CHEEKY" annex

1999年開設のオマージュサイト“CHEEKY”http://home.att.ne.jp/wind/cheeky/ の別館ブログ。メガネビジョン、石田ショーキチのライヴレポの他駄文掲載。

@HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2


chiaki’s ”CHEEKY”  annex-20080816


・・・・・・・

以下時系列的にメモ。(※この日、子どもともども38度台の発熱中、にも関わらず出かけた。)






出掛け、見事な雷雨に遭遇するもその隙間を縫って駅に行けた。着いてすぐ夫からのメールで「竜巻注意報」と聞いて軽く萎える。

予定通りの便で宇都宮着。片道45分? 渋谷並(交通費は8倍?)…。しかし着いてすぐに雨がドワーッと降り出す。かろうじてバスに乗れる。

二荒山神社の鳥居が無くてびっくりした。(取替え工事中なんだそうだ)

17:20ごろ宇都宮東武に着く。

ここで!!! この玄関、ルイヴィトンの前で!!! なんとかつての同期に遭遇する。O君…。見目麗しい美男子だったのだけれど、なんだかチャラいオヤジになっていて…びっくりした。(しかし正面からまじまじ見ていたのだけれどO君のほうは私に気づかなかった)

時の流れを感じつつ、HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2へ向かう。

ここで、ぜんぜん違う人をMちゃんと間違えて手を振ってしまい、あやしまれる。

会場と同時に入場したことを少し悔やむ(体力的に)。貧血とのぼせと吐き気が出てきてしまい焦るが、なんとか壁際に座ることでしのごう、と決意する。

のりの悪そうなおばさんふうみでどうもすいません。。。

18時開演。オープニングアクトは coffin。印象「端正な人間椅子?」。

一瞬倒れそうになるが、踏みとどまる。

Mちゃんと彼氏を発見するが、声がかけられない(壁から離れられない)。

つぎ。ココロト。メガネギターポップ! とりあえずボーカルがメガネギターだと嬉しい気がする。

そのつぎ。YUEY。これが!!! 今日の「めっけもん」だった!!!

ギターもボーカルも(そもそもボーカルの人の風貌からして)すごい奇妙というか気持ち悪いの!!!

ゆら帝の坂本慎太郎が「ブサかっこいい(C)ンタロウ」ならこっちは「キモかっこいい」とゆう感じだ!!!

ボーカルもギターも下手なのか?! と思いかけるのに、途中からあまりにギターもボーカルも上手いのにグイグイ引きこまれた。びっくりした。

「あんまり気持ち悪くて奇妙に心に残りました。さいたま新都心にも来てね」と言ってCDを2枚買う(「童貞と処女」「室内ミュージック」)。

トリのメガネビジョン!!! 

いつも思うんだけどメガネビジョンのライヴ前の円陣組んでの気合入れが見ていてほほえましい。

皆で背中をぱたぱたしているのがもうなんとも……。

今日の小川君は野武士に見えたな。

根本君は「忍たま乱太郎」に似ていると思った。

エビちゃんがよくおしゃべりしていた。

チョクナリくんは今日もモジャモジャだった。

新曲を多分2曲披露。

「花のように」は早く音源化してほしい!!!

しかしああも楽しそう~~~~~~に演奏されちゃうと参っちゃうよな~~~~~~。

アンコール2曲(最後の曲は「夏の陽の残像」)。

「出し切った!!!」 って感じだった。

終演後、YUEYの皆さんにCDにサインもらう(勿論「ちあきちゃんへ」と書いてもらう)。

出口でMちゃんと彼氏(「究極超人あ~る」に似てるね! と言ったのだがまったく通じなかった・・・・・・歳の差が・・・・・・)に会ってちょっとおしゃべり。

そしてタクって駅行って新幹線で帰ってきた。

6時間1本勝負って感じやね。

餃子は今日も食わなかった。


いじょー。

ノーミュージックノーライフ、なのよー。







メガネビジョン企画「メイドインジャパン vol.01」
■8月16日(土) HEAVEN'S ROCK Utsunomiya VJ-2
出演者 メガネビジョン, YUEY, ココロト, coffin(O.A)
開場/開演 17:30/18:00
料金 前売り¥2,300- 当日¥2,500- (税込/ドリンク代別)








ちょうど10年前は宇都宮で働いていました。

正確に言うと、宇都宮にある会社に勤めていましたが、その会社の親会社に逆出向していて所属は新宿で、でも結局宇都宮と芳賀と茂木と益子と現下野市のあたりと栃木と壬生あたりをウロウロしているような毎日でした。

大学3年のときに実家が移ったので、実家から通勤できる会社を探したのは、仕事をしながら一人で暮らすガッツが無かったからです。それでも身体を壊すんですが。

栃木は嫌いでした。田舎で何にも無いから。
当時はドトールすら宇都宮の真ん中のオリオン通りにしかなかった。
信じられなかった。

西武が潰れるらしいとかパルコができるらしいよねとか、
その頃の話。

月に一度だけ土曜の休みがもらえて、
そういう休みには彼氏に会いに上京していました。
自宅から18キロで最寄のJR駅で、駅前に1日600円とかで駐車して、
都区内往復の切符買って、快速ラビット乗って。

ライヴにもめっきり行けなくなってしまって、
記憶に残っているのはSCUDELIAの赤坂ブリッツ、
でもあれ会社が終わった足で行った記憶があって、
30分ぐらい経ってから入場したんだよなあ。

帰りに喰った中華は美味かった。

で、駐車料金が2日分にならないように、12時までには駐車している駅に着くように、
またJR宇都宮線に乗って、

駅からは愛車を爆走させて、
最短12分で帰宅したものですが、
当時は今ほどバイパスが整備されていなかったので、
果てしない田んぼをつっきる農業道路をかっ飛ばしておりました。
誰も(動物も)殺さなくて良かった。







今日、仕事を終えてもうヨロヨロで娘の幼稚園にお迎えに行ったのは5時過ぎだったのですが、そこで顔見知りのMちゃんママに会って(Mちゃんの面談帰り)、ちょっとだけ立ち話する感じになったのです。

Mちゃんは今春からの転入生で、親御さん駅前の新築マンションを購入しての引越しだったそうで。

旦那さんがここの人で、でも奥さんは宇都宮出身で、ってところまでは前に聞いていて、
今日はあまりに私がヨレヨレなのでどうしたんですかというところから、仕事の話などになって、
そこから「超氷河期世代で」「え、何年生まれ?」「49年?」「同い年?!」みたいな盛り上がりになり、
さらにほぼ同時期に宇都宮市内で仕事をしていたことが分かり、
さらに音楽的嗜好性の近しさが明るみになり、
というかやっぱり私の同世代でフリッパーズを通過していない人のほうがモグリなんだよな。
というかやっぱり2、3歳違いでも全然そのへん変わっちゃうよねそうそうそうみたいな話になり、
スパイラルライフ知ってる? 知ってる知ってる渋谷系。
ああ渋谷系懐かしいよね懐かしいよね渋谷系。
「いや最近宇大出身のバンドでメガネビジョンっていうのが良くてね凄く…」
云々・・・
何年ぶりかで「布教」を始めてしまい話止まらず。
でも何よりMちゃんママが、

「私はずっとこういう会話を欲していた!!!」

と興奮していて、
ああやっぱそうなんだそうなんだよな、と。

「だって幼稚園のお母さん同士で話していて、子どもの話題を越えることがないんだもんね!」って、
ほんとーにそうなんだよね。

「別に子どもの話なんかしたくなくても話題も無いし!」
そうなんだよねえ。

その間娘たちは泥団子を熱心に作っていて、
でももう時間も遅いし、名残惜しく帰宅した(させた)のだけど、

話しながらこう、ありありと10年前の宇都宮とか栃木の風景が浮かんできて。
爆走した真夏の夜の農業道路とか。
入院した日赤の病室の窓から見た夕焼けとかがさ。

10年経って、何が変わって、何が変わらなかったんだろう。







「もう済んだ、はいっ、フタっ」

みたいに封印してきたモノがどろどろと出つつある昨今、
そのトリガーはあちこちにある。
あるなぁと思いながら逃げられないのかなやっぱし、
と、ある種の諦念も生じるのです。

そういえば去年の今頃からいろんな流れが、
また変化して且つ加速しているなあみたいに。

1999年という激動の年(もう天地がひっくり返った)への布石でありつつも、
それ自体は停滞していたルサンチマンの中にあった1998年。




あぁ忘れ物は無数にある。思い出すのは痛いことだなあ。
それでも今の私にとって無意味なものは何も無いのだなあ。
chiaki’s ”CHEEKY”  annex-サヨナラ マボロシ


買ったのが発売から1ヶ月以上経ってからでゴメンナサイ!

世の中には、アルバムを再現するためのライヴと、
ライヴを聴けない人のためのアルバムがあると思うのだけれど、
メガネビジョンの音楽はライヴのほうに重心がある。
やはりというか、まだというか。
ライヴありき。
でもこのアルバムはアルバムとして「完全」ではあるんだ。
ではあるというのは語弊があるか。
でもあると言い直したほうがいいか。

正直なところ、一昨日「ファンになった」のです。
なってしまった。

一昨日のさいたま新都心の30分は完全に持って行かれた30分でした。
ものすごい驚きました。

で、そこで買ったこの新譜を聴いて再度自宅で「持って行かれて」しまったのです。
なんというか、前のめりに、つんのめってアルバムの中に突っ込んでしまった。
そんな感じでした。

こんなのは何年ぶりのことかという衝撃。

持って行かれたというのは、
心を持っていかれてしまったということですから。

「なんじゃこりゃーーーーーー」の世界ですから。

すごいもん聴いちゃったぞと思って、
もうこの2日えんえんえんえんえんえんえんえん
聴いているのです。

いい年して!!!

でも「いい年して!!!」とか自嘲するのももうやめようと思いました。

いいじゃないですか30歳過ぎてても。
30歳過ぎて多感期でも。
きもい?
ほっといてくれですよ。

もう私は完全に、
切なさという快楽に溺れているのです。
溺れさせる危険なアルバムです。
煙の出てくるビックリばこです。
これは。

でも、ビックリばこは元々自分が持ってて、
隠していたか捨てたかしたつもりになっていた、
なんていうか、青春時代のポエムを書いたノートの充満した、
やばい封印の段ボール箱。

あれですね。
あれなんです。

開いた瞬間に15年一っ飛びです。
なんなら20年吹っ飛びます。

三十女も一瞬でティーンエージャーです。
そら痛いでしょう?
うっとーしーでしょう?

でもそんな初々しい自分になんか、
そうそう逢えなかった。

『サヨナラ マボロシ』は、
そんな幻を見せてくれる装置。

すごいね。

すごいでしょう?

聴きたくなったでしょう?

聴こうね。

ああそれにしても、


買ったのが発売から1ヶ月以上経ってる一昨日でゴメンナサイ!

ほんと1日でも早く、

聴けばよかった!!!
書けない、書けない、書けないと頭を抱えながら、
どうして書くんだろう。

私の書くものになんか何の価値があるんだ?と疑いながら、
どうして書かずにいられないんだろう。

なんてことない批評の言葉ひとつ、
ありがとうなんて言いながら脅えて、

一本のメールを開くのにすら何日も掛けて、

いったいどこの誰に、
何を届かせたくて書いているのか分からなくて、

私を求める子どもたちすら蹴散らしながらマシンに張り付いて、
自分の仕事場はゴミタメなのにゴミタメにしない方法なんて書いて、
この嘘吐きめと自分を呪って、

それでも書くのはどうしてなんだろう。
どうして自分の内側で人生を言祝げないんだろう。
誰かの評価が必要なんだろう。
見知らぬ人からの評価が必要なんだろう。

どうして世に出ることを望んだんだろう。
望み始めたのはいつからだったのか、
物心付いた頃にはもう自分の名が背表紙に付いた書物が、
私の夢だった。

でも夢は夢に近づくほどに恐ろしく感じるのはなぜなんだ。
夢から逃げ出したくなるのはなぜ。
かなわない夢だと言い訳することの魅惑はなぜなんだろう。
努力が怖いのはなぜなんだろう。
自分の力を直視しないですむなら、
そうやって生きていくほうが心穏やかなのはどうしてなんだろう。

それでもどうして私は、
大それた夢を抱えて庭を出て行くことを選んだんだろう。

私はどこに向かっているんだろう?











それでも私がひとつだけ知っているのは、
そこに向かう私が一人ぼっちでは無いということだけだ。
感動を言葉にして吹聴するのは、
おとなのすることじゃないと、
感動を自分の内側に秘めて黙ることが大人の態度なのだと、
いつからかそんなふうに自分を抑えてきたけど、

もうやめだ。
終わり。




そんな努力はもうやめ。
意味ない。

だってあんまりにも今夜のメガネビジョンは、
すごかったんだ。

完全に持って行かれた。

言い訳の仕様も無い。

圧倒的に、
真っ正直に、

ロックだった。

もう私30過ぎだから、
来年小学校にも上がる子どもがいるから、
オバサンだから、

なんていう姑息な言い訳も止めだ。

本当は何も諦めてなんかいないくせに、
欲望に対して枯れたフリをする、
枯れることに憬れるような言い草も嘘だと認めなさい。

身を捩るほどに、
世界に恋していることを認めなさい。

本当の言葉で話しなさい。

いまだ思春期の最中にいる事実を認めなさい!!!

驚くけど!!!




驚いたけど!!!



















初めて聴いたときには正直「ついで」だったんだ。
でもこの1年の間に育っていく進化していくステージと音に、
あちこちで置き忘れてきた思い出や夢や感情を、
叩き起こされてきたんだ。







好きなものにはお金を落とさなきゃダメだ、
応援は行動に移さなきゃ意味が無いって、

中井くんが言っていた言葉が、
最近、
なんどもなんども蘇る。

中井くんの遺言みたいだ。
多分遺言なんだろう。
だから私はその言葉を忘れない。


忘れないために書く。


書くんだ。


それが私に出来ることの一番大きなことなのに、

そんなことすら私は忘れていた。
昨日のお昼過ぎ。

ふらっと覗いたマイミクさんの日記に“唆され”、突然猛然と夜の百人町を訪れることを決めた私。

予定もまるで入れていなかった長女の実家行という偶然、
打診した夫の帰宅も早いという幸運。



玄関前ではギフトのような夕焼け。



38度の気温も18時過ぎには気持ち落ち着き、赤羽19時。東京方面からやってきた夫に腹抱っこの次女を託して埼京線に飛び乗る。入場不可も覚悟して走ったNAKED LOFT。19時半過ぎ、始まって間もないあの場に滑り込めたのは、ひとつの僥倖といっていいに違いないな。

私が書いておきたいのは、沢田研二のカヴァーを師匠が歌っているときにコーラスが聴こえたことと、
あの身勝手な「男」の側の苦しみと哀しみの伝わる『木綿のハンカチーフ』を生まれて初めて聴いたということと、
久しぶりに歌を聴いて泣けたということ。


石田ショーキチのソロ・デビュー・アルバムとなる『love your life』にも採られた新曲「love your life」。


鳩尾にか胸にか分からないけど、身体の奥に響いたな。

「愛されてる」
ストレートに、
刺さったな。

言っても分かんないなら聴け。
繰り返し繰り返し聴こえてくるのに、
温かいからだと手のひらが触れているのに、
それを受け止める私の身体と手のひらのなんと上の空なことよ。
馬鹿みたい。
あー、私、馬鹿馬鹿。


とか、思っていたら、つーつーと涙がね。


久しぶりだった。


遠赤外線放射みたいな、アツイ歌をたくさん聴いた。


サウナ後みたいな爽快感で早足に会場を後にしたら、
禁断のモルツが脆弱にも全身に回って燃え尽きた!



稀なる才能のひとを悼む場は、死の気配などまるでない場だった。
生を、今の生の歓びを、ひたむきに生きることの温かさを、伝え思い出させてくれる場所だった。


あの場所に居られて良かった。







Tさん、チケット(笑)ありがとねぇ。
ショーキチ師匠、お疲れさま。そして、どうもありがとう。



美里にはやっぱり、うたの神様がついている。
彼女は祝福された歌姫だ。
でもきっと、それは、彼女がしゃかりきで努力して手にした祝福なのだろう。
何度も、何度も、数万人の声援を胸いっぱいに吸い込むように、目を閉じていた。


だいたい私は所沢に対する思い入れも因縁も深い。美里から遠ざかっていたこの10年を振り返れば、私は所沢から卒業しよう、大人になろうともがいていたのだという気さえしてくる。それは美里から卒業しようとしていたと言い換えることもできる。私は青臭い十代の感傷に蓋をして都会の洗練を求め狭山丘陵から降りていった。

それが二十代の日々であり夏。でも、そんな風に美里に背を向けても尚、彼女はあの場所で歌い続けていた。西武球場は屋根ができて西武ドームになり、それがいつの間にかインボイスSEIBUドームになり、西武はその伝説のような牙城を崩した。そして西武に愛された歌姫の足跡は奇しくも時を同じくして20年目の節目を迎える。そこで幕引きがされることに何の不自然さもないその不思議。ここ数年ない動員となったらしい今日はしかし、斜陽の前の西武球場も美里も知っている(それしか知らないようにしてきた)私の目にはただ当たり前でしかなかった。

その20年という時間。ライヴ開始前のヴィジョンに映し出される20年のtips。もうその映像自体に喚起された十代の記憶に咽せて涙腺の栓が吹っ飛んでしまう。開演前から目が勝手に真っ赤になってしまうのをビールでごまかしていたが爆発音と共に気球が揚がって、そこにたたずむ満面の笑みの美里がGROWIN' UP を歌いだした瞬間両目から滝のように涙が流れ落ちてきて自分でも焦った。私は何にここまで反応しているのだろう?! でもそこから先はもうひたすら十代の記憶のあふれるに任せて30女はたゆたうしかなかった。

もう無力。私の生活や思いのあらゆる節目に美里の歌声がしみついている。今いる三塁側後方のスタンドの向かい、一塁側スタンドの中腹に私はおかっぱでヘアバンドをした14歳女子の幻を見る。精一杯のおしゃれ…パイナップル柄のミニフレアスカートにタンクトップ、麻の開襟シャツ、茶色のサンダル姿… の中学三年生が生まれて初めての「ライヴ」に目を輝かせて、4万人の一度に出す声援の波に総毛立ち、美里のパワーに胸がいっぱいになり、涙を浮かべている私。初恋の男の子を死ぬ思いで誘って隣で美里を観ている複雑な気分の私。彼氏に断られて仕方なく女友達と美里を観ている私。バイトを入れてしまって8時過ぎに裏口から立見席に通されて、息を切らせている私。アリーナ10列目で友達と大騒ぎしている私。畜生、まだ、皆、ここに、いやがる。

VOL.4で初めて観にきて、VOL.10まで皆勤、その後VOL.14に来て以来6年間もこの場所を訪れなかった。ここ10年弱の新曲を殆ど知らないダメなファンの私。けれどこの場の磁場は時間を超えている。あらゆる音は総ての時間を意味し、歌姫の声は朗々と響き渡る。澄んだ金管楽器の声。

各アルバムから1曲ずつ、1分以内のアレンジにとどめたと言うメドレーはしかし30分を越え、息を切らせもせず声も枯らせず美里は『青空』を歌いきった。

眠れずに 恋という文字 ひとり辞書 めくると
強い気持ち 抑えきれない こころの状態

何故わたしは「青臭い十代の感傷」を避けて生きてきたのかは自明で、それが総てダメになった恋の思い出と被るから。ほんとうにダメだった。ダメになるべくしてダメだった。そんなのわかっているけど、分かっているだけに痛々しく、その痛みを自慰できるほど私はいつになっても十代の感傷から抜け切れていないおばちゃん嬢ちゃんなのだった。可笑しい。もう子どももいるのにね。もう私は大丈夫なのにね。もう、こんなに、大人になってしまって、あの頃みたいに心なんか痛みもしないのに。痛みなんか感じないのに、なんでこんなに泣いてしまうんだろう。懐かしい曲のイントロが鳴り、美里がその歌いだしの一節を鳴らす。その瞬間に、嗚咽が咽喉から漏れてまた滝。ああ、滝が流していくようだ。全部流れていく。ぼろぼろ、ぼろぼろ。

屋根のついた西武球場は嫌いだと思っていたけれど、吹き抜ける風は本物で、曲間には蝉時雨さえ聞こえる。額に張り付いた髪を、風が乾かしていく。ぬるいビールを咽喉に流し込みながら息をつく。ついて間もなくMCからイントロ、とうとう来てしまった、『10years』。もう嗚咽では済まない。号泣だった。

青臭い三十代の感傷と嘲笑うがいい!

自分が何者か何者になれるのか、いったい何者になる余地があるのか? 何も分からなかった十代の心許なさが三十になったからといって払拭されるわけではないなんて誰が教えてくれたろう? 私は、今だって分からない。手の中に大切な宝ものが増えたのは確かだとして、だから私が何者になれたかというとそれは別問題だ。私は誰? その問いは続く。止まれない。立ち止まれない。

こんなに、神様みたいな神々しさで歌う美里がその苦しみを知っている。

その安堵感が涙を助長するのかもしれない。或いは。歓喜と苦しみは同じ事なのかもしれない。陳腐な言い方をすれば、或いは。

僕の中のロックンロール 口ずさむメロディー 帰り道はいつも華やいで
  尖った僕の心を癒してくれる 君に出逢う為 生まれてきたんだと思うのさ

洋楽のひとつも知らない田舎の中学生が、80年代の終わりに出会った、初めて見つけた「本物」の音楽が美里の歌でした。彼女が、真剣に歌っていたこと、詞に思いを込め、一生懸命に、努力して、強い声を獲得してまっすぐに歌ってくれていたこと。真摯だったこと。その、そのことがどれほどあの頃の私を温めたか、勇気づけてくれたか、憧れや希望をくれたか、そういうことを、ツマラナイ失恋の記憶とひっちゃかめっちゃかに混ぜて私は忘れていたんだなぁ…不義理だったなぁ…不義理だった。なのに、彼女はまだこんなにやさしく歌ってくれるんだ。最後の曲で流れた涙は、初めて自分のエゴから解放された、彼女に対する純粋な感謝からの涙だった。
ここまでくるのに、実に3時間半の時間が経過していた。


美里に会えてよかった。今日、ここに来れて、ほんとうに、良かった。

真っ暗な所沢の森の前で、目を閉じたら、
私の胸の中には静かに白く光る玉が浮かんで、ほんのりあたたかいのだった。



彼女が抱いていたのも、きっと、これだったのに違いない。















GROWIN' UP
すき
BELIEVE
素顔
いつか きっと
V20メドレー
 I'm Free
 18才のライブ
 Long night
 Teenage Walk
 It's Tough
 やるじゃん女の子
 ジャングルチャイルド
 ムーンライトダンス
 泣いちゃいそうだよ
 Boys kiss Girls
 シャララ
 SHOUT
 世界で一番遠い場所
 夏の歌
 熱いふたり
 ラブ ゴーゴー!
 太陽は知っている
 夏灼きたまご
 ドラえもんのうた
 Orange ~What's the vibe?~
 蝶のように 花のように
青空
夏が来た
きみに会えて
サンキュ
My Revolution
センチメンタル カンガルー
パイナップルロマンス
チェリーが3つ並ばない
サマータイムブルース
恋したっていいじゃない
 ヤングマン withぐっさん
スピリッツ
恋するパンクス
 渚のシンドバット
 真っ赤な太陽
JUMP
10years
My love Your love

Lovin' you
夏が来た
ときどき眠っているのか醒めているのか解らなくなる。
夢を見ながら眠っているとする。と、その夢のちからにうまく抗えない。
圧倒的なリアリティをもって夢が私を被う。
明け方、そういう朝は半身がどこかべつの次元に横たわっているようで心許ない。
夜のしめった空気が身にまとわりついたまま朝を迎えているときもあるし、
実際そばにない煙草や香水の残り香が目覚めた後も香ったりする。
くちに入れていたガムやさっき飲んだお酒やミルクが残っている日もある。

 今月の頭、パリにいたとき見た夢は鮮烈だった。とりわけ。常に白昼の日本を見た。
時差を差っ引いたようでその時間設定の整合性自体おもしろかったけれど、
それよりもそのぞっとするほどの本当っぽさ、リアリティがやはり、恐いほど私を被ってしまった。
実際パリに滞在しているなんていう現実のほうが胡散臭いのだ。私の現実にとって。
 あの日みた夢を私は一生忘れないと思う。もしかしてこういうのは性夢のうちに入るのかもしれない。
電車はがらがらだった。方向としては郊外、北のほうに向かう私鉄の車両に私はいた。
たぶん昼下がりだと思う。そのくらいの時間にいつも起きている私がその電車に乗っているのは、
ある情報を手に入れたからだった。
 Kがその電車を使っているということを私は知っていた。
私はKに会ったことが十数回あるけれど一度として会話をしたこともないし、
だいたいKの網膜に私の像が結ばれたことがあるかどうかさえおぼつかなくあやしい。
面識などさらさらないKだが私はKを畏怖していた。Kはカリスマだ。
私はKの姿をこうしてがらがらの電車のなかゆっくりながめているだけで気が遠くなるほど幸福だった。
Kは白いシャツを着て光にあふれた暖かい電車の中でぴかぴか光っていた。やわらかい髪がさらさら揺れた。
右に顔を傾け、伏し目がちに文庫本を開いている。私は少しはなれた座席から、
両手を膝においてそんなKのしぐさをじっと見ている。
 車窓に緩やかな川と大きな観覧車が見えてしばらくした頃、Kの降りる駅だ、と私は察した。
ほそくて華奢なKの肢体がすっと開かれたドアからホームに滑りおりていく。
 気が付くと私とKは並んで駅からの白っぽい道を歩いていた。行き先を私は知っていた。
きれいな石やガラス、テーブルを扱う古い店を私は知っている。Kもそこへ向かうはずだ。
 歩いている私の頬に薮から棒に冷たい感触があった。Kは頬を寄せている。歩きながら体ごと寄せてくる。
(貧血かしら)夢の中で私はKのからだが頓に弱かったことを思い出す。(ささえなくちゃ)
それにしてはKは軽やかに歩く。私が手を差し伸べるより先に私に腕を回し、
依存してくるがその体重は軽く羽枕を抱えているようだ。(Kが私の近くにいる)
つらいほど本当のことだ。首筋に感じる。Kの頬だ。髭の感触のある頬。冷たい。そばにいる。

 うれしいというよりさきに悲しかった。
 私はこれが夢だということにとうに気づいている。

 ホテルのベッドの中で目覚めたあと私はしばらくあの日本の電車、昼間の豊富な光、
全体ハレーションで被われたような幸福な夢のことについて思った。
 あの頬の感触のリアリティを否定できるなら、私の現実生活すべては夢だ。夢の中で夢を見ているだけ。
 そう信じられてならなかった。


◇◆◇

 (AIRのライヴは延期となった。12月19日、20日。車谷は肺炎だという。
いのちさえあればいつでも逢える。夢の中でさえいのちがなければだめ。
あの日車谷が私に逢いにパリまできてくれたことの方を私は信じている。ほんものの夢、青より蒼い夢。)


                              
1996'12'20 21:56

 SPIRAL LIFEは終わってしまった。
 どうやら、本当だ。
 そういうと、やっぱり笑える。こういう喪失感はコイビトと別れたときと同じだ。似ているというより、あー。まっしろだ。
 ぽかーんと、空いてる。



 94年の4月から、私はサウンド・オブ・マイジェネレーションを一緒に流れてきた。リアルタイムで流れついた。それがここだった。丸2年経っていた。
ゆるやかなハマり期間半年。10月二十歳の誕生日からひたる1年。ひたりまくった1年。95年10月21歳になった私は学園祭を制覇。誕生日の日にオファーした横浜アリーナ・チケット。のち約半年にわたる鎮火の静寂。さあ春だ木々も芽吹くし桜も咲くわな3月17日幻のクアトロ、そして23日横浜アリーナ。

 それが、最後だった。
 最期だったなんて誰があの時、信じられたろう?

 これがまた始まりだと信じた。
 始まりは、終わりの始まり。知るか? そんなこと。
 悔しいくらい悲しい。ぶん殴りたいくらい愛しい。悲しい…… 泣けた。畜生、泣けたんだよ? まいっちゃうよ、1年半のエネルギーの全てが、雨散霧消してくって。

 アタシの二十代のアタマが、すっぽりポロリ。#%ブチヌケだ! ザマーみやがれ腐れ$%#め!!! (ウワこんな単語フセず使ったの初めて! ひっでー)。
 バカだ、バカで頭と胃にクる。
 SPIRAL LIFEって私にとって生きていることそのものだった。
 私ゃ今生けるシカバネさーね。
 なんかそんな感じ。



 冷静になるといきなり現実がやってきます。へらへら笑いながら友達に話してしまい、スパイラル愛好家の間では妙にハイになり生きていくことを熱く語る千秋。けっこーキテます。壊れ、入ってます。そりゃわかる。壊れないほうが変。わかるでしょう。だから存分に(今回もそうするしかない方法論の貧しさが切ないが)壊れます。
 当分壊れます。
 じゃ!  

                      

  
1996'4'17  11:42PM

 余りにもSPIRAL LIFEがスパイラルライフなのにスパイラルライフー!!!!!なのだった。やっぱライヴはライヴハウスがベスト!だわ。
この感動を暖かいうちに……(未だやってて終わって二時間!!!)フレッシュゥ~!!!
 しかも新宿リキッドルームは西武新宿駅に、きわめて近く、良心的なのだった。うれしい・・・
 石田さんはメガネとってくれるし、車谷くんは吠えるし、アッシュは来るし!で、もお二時間ぶっ通しブチキレまくりなのだったー。
 SPIRAL LIFEなんだわ。

 

 あたし解った。齢はたちにして傾倒モロはまりになるわけ。それはSPIRAL LIFEが「LIFE」なのだから!
私の生活、生命、生きてゆくことの意味すべてを網羅してしまったんだ。
 あの折れそうな、耳かき状態モサモサ頭(実はヒゲも生えてる)車谷とナニ考えてんだかワカンナイでかいヤツ石田くん。
 んで、あの音楽だ……
 この先の人生、私はスパイラルなしで生きてゆくことを放棄する!

 だってスパイラルって知ってる?
 SPIRAL LIFEはね、SPIRAL LIFEで、SPIRAL LIFEいがいなにものも互換性を持たないんだ……

 SPIRAL LIFEなんだよ?

 今やミュージックステーションなんかに出演しちゃう「アーティスト」様スパイラルライフが、
まさかリキッドルームなのか?! と思ったが気が付くとチケット販売当日朝4時前には販売所の一つである渋谷タワーレコード前に私はウンコ座りしていたのであった。
ところが80人はもう既に居る……トホホホ。
 しかし、という訳でつつがなくチケット入手に成功した私は、「底ヌケるぜおい」と独りツッコミ入れつつ8月22日午後20時10分、リキッドルームにて車谷ジャンプ真似しつ人語ともつかない嬌声あげて阿鼻叫喚の満艦飾に輝く快楽に身を投じていたんであった。

 7月にあった先の新宿・東京厚生年金会館3daysの際の、割とクール&ベターな演奏と相反し、のっけからキテる感じなのはそこがライヴハウス故なのか。
某池袋小劇場を思わせるうさんくささの魅力リキッドルーム(初めてだったのよ)の床は揺れっぱなしだし、通常のライヴに比べて男率の高いフロアーではヘンな動きのにいちゃん(私の左隣二りめ)とかいてなんか新鮮。
 よりもなによりも、身にヒシヒシと感じられて余りのことに(酸素の薄さと相俟って)気が遠くなりかけたことには、激しい「楽曲への愛」がグアグアと渦巻いている状況なのであった。
曲によっては圧されて身じろぎも出来ない始末である。何時の間にスパイラルはこんなにも“強く”なったんだろう? ……
 いつもほそくてちっちゃくて儚なげで……踊るフワフワ付き耳掻きみたいだった車谷の、今日のどっしりした重量感は何だ? 4月の恵比寿で見せた妙な色気も、最早ない。
あるのは……何か「圧力」のようなもの。こちらを圧す、オーディエンスを圧す真っすぐな存在感。
 開演直前、(またゲ〇ってらっしゃるのかしら……?)とか心配しちゃった私を尻目に見せる、余裕。
モコモコの前髪に隠れてうまく見えないけど、どこか「果て」を見るような鋭すぎる目線。そして髭の気配(……)
 目を転じれば、うねり流れ響動めく不安定きわまりないその場に、確かに足をつけてでも切ないファルセットを永遠に響かせる小吉師匠の歌唱力に改めて目を見張るのでもあった。

いい声。  だからといえば当然のようだが、ここしばらくの間で、曲間に乱れ飛ぶ黄色い歓声の半数以上は石田あてになったように感じる。前のバンドの影の希薄になった相方の状況とうまく比例しているようで面白い。
 ライブ佳境からアンコール越えて、一層切羽詰まったような声をヒリ出す女の子たちに徹底的に冷たく二人は、ギターを換えながら「ハーイ」の一言もサービスしないそのスタンスよ。
それでこそ、SPIRAL LIFEなのだわ。

 だから、もうみんなが気づいてきているに違いない。
 だからSPIRAL LIFEなのだということ。互換性を持たない、SPIRAL LIFEじゃなきゃ駄目なんだって云うこと。

 はいからな僕は苦笑い……(MOON RIDE)
 醒めないようにガンガンに打ち砕く、その行き先は何処になるのだろう?
 プレゼントに 土曜日が欲しい……(GAME OVER)
 瓦礫の中にこそ、一番綺麗な雑草が花をつけるように。
 光のスペクトルの花束を きみの窓辺に飾ろう……(20TH CENTURY FLIGHT)
 弱気だったその目を伏せたさきに、でも見えていただろう、あざやかな夜と翳った昼の風景。
 総てを覆す音楽。
 GO BACK TO THAT GARDEN……(GARDEN)
 でも、だから、戻れない。

 アンコールの「NERO」、終焉を予感しながらただ流れてしまうその数分間に吠え続ける車谷がいた。
 人語を解さぬ獣のように、ただその姿を追うしかなかった。前後に崩折れる力を篭めて、揺れ続ける車谷と石田と尖ったノイズを発し続けたゲストのASHと。
 空間が歪みだしたリキッドルームの、でもそこはリキッドルームというただそれだけの場所では最早なかったと思う。確か、生まれる前にこんなところにいた。とても苦しかった、出ていかなければならないことを知っていたから。そこから出ていきたくなかった。
温く、漂うだけの生活。聞えてくるのは、煮え立つような血の音。
 私を生かす総てだった音。

 戻れないことを知っているからこそ、惹かれ続けるということもよく知っている。
 血の気が引いた。
 鮮やかな夜が青白い手を延ばす。
 快楽で何が悪いか?

                            
1995'8'23 1:42AM  {リキッドル-ム1995} 950822