今日も雨。

英語では犬や猫が降って来るという表現の土砂降りだ。

テレビのテロップに警戒予報が流れる。

外出の時間は迫る。

雨の中へ飛び出す。

バス停に立っている内に雨と語り、雨を楽しんでいる自分がいる。

大地からも雨が降る!?

たたき付ける雨はトランプリンのように、耐え間なく跳ね返り美しくもある。


今日も美しい笑顔に出会った。

きっといつも笑みを浮かべている方なのでしょう。

自然の笑顔が穏やかな雰囲気をつくる。

ありがとう。

SCan“風の旅”-画像0035.jpg

雨の朝に家の中にも紫陽花が咲いた。

額紫陽花(隅田の花火)をツユクサ模様のコンポートにいける。



今日は九大歯科の日。

道道の花が雨の雫をアクセサリーにして美しい。

クチナシの花が雨にうなだれている。



詩人で画家の星野富弘氏が入院の折り、

看護師が美しかったので「あなたはクチナシの花のようだ」と言ったらプイッと怒って出ていった。

その人は口の大きな方だった――と。

そんなに辛い日々でもユーモアを見い出し、

生き抜いてこられた事を思いだす。



私も担当の若い美しい女医さんに「あなたはカサブランカのようですね」明るく、

清潔感のある惹き込まれるようなドクターなのだ。

「そをなに言われたの初めてです。元気に仕事しまーす」

カサブランカのような笑顔が眩しかった。





天空の全ての星座を集めたような、

きらびやかで優雅なガラスペンを持ちハガキを書く。

人間学の「致知」を通して、気付いて頂き、

よい人生であればと願う縁ある方に一年に一人贈呈をしている。

今年縁ある方へ贈呈した思いのメッセージをハガキにする今朝。



大学の公開講座も八回目になる。

毎回楽しみで、その都度、気付きや感動や新たな学びをする。

「ハッ」とするほどの気付きがあった。


・神の前では全ての人は罪人である。

これっぽちも囚人を思ってもいなかった自分がいたこと。

全ての人間は神の前では罪人なのだから。


・クリスチャンであることとそうでないこととは?

いつも疑問に思っていたところ、

講師は言った「人間的に誠実に生きていれば、それが本当ではないか」。

ずっとそう思っている私にとっては、とてもすっきりするメッセージだった。


・自分を中心にして神の存在を思っていることに、

今更ながら気付いて驚いたこと。

バルト神学を通して学んだ今回、

バルトは

「人間→神」から

「神→人間」から

「神→イエスキリストを通して→人間」と

たどり着いたバルトなのだ。

講座の内容を思い返しながら、

ネオンに光る雨の中を地下鉄へ急ぐ。