安岡正篤氏の「六中観」の一つ「意中人有り」とある。
その一人に哲学者森信三先生を慕う。
――生き方の基本――
・朝の挨拶が出来ること
・呼ばれたら必ず「ハイ」とはっきり返事が出来ること
・履物を揃え、椅子を入れる、開けたら閉める。

日々の立(腰骨を立てる)は大きな力である。
「時を守り、場を浄め、礼を正す」
この世は時間と空間と人間関係で成り立っている。
時が時間、
場が空間、
礼が人間関係 で それを統一するのが立腰であるという宇宙観。

大好きで簡潔で非常に納得出来る。

そういう姿勢から
「即今着手」の精神も生まれ、いまでは習慣になってきたことが嬉しい。

「真先に片付けるべき仕事に、思いきって着手するということが大切です。
この~とにかく手をつける~ということは、仕事をする上での最大の秘訣」


一ヶ月の休みも終り、今日よりヨーガも始まる。
ここしばらく体調が悪く、恐る恐る参加したが、
自分の呼吸を見つめながら………
身体に新鮮な風が吹く爽快さに満たされていった。



毎日、新聞やテレビで新党でのスタートを期待と不安で実感するこの頃。
新党で日本の船が動きだしたのだ。若い人が多いのはいいとしても、
国民の代表であるべき人、人の上に立つべき人のありようを日本の古典に
深くまなんでいくべきだと真に思う。「論語」、「四書五経」等 読み込み、
古典に記されている普遍的価値や道徳、倫理などに触れて自分なりの
化学反応を起こし、そこから新しい知恵が生まれてくる。
「修己治人」であれと祈るばかりです。

そんなことを思う、読書の一日。
海風が吹き抜ける書斎の昼下がり、緑の重なりが目に美しい。

一時本を読む。

司馬光の「資治通鑑」に書かれていて、
今の時代の中で悩んでいる人に、
これだという指針を与えてくれたとある。
―――聖人という理想的な人間像がある。
才徳兼備しかも智・勇・仁のすべてを達成した人であると。
ところがそういう人物は稀であって、
大抵はどちらかに片寄ったり、不足しているものである。
そのような中で徳が才に勝る者が君子であり、
才が徳に勝る者が小人、徳も才もない者を愚人という。
聖人や君子とともに政治を行い、
修己治人の道を歩むに越したことはないけれども、
もしそれがかなわない場合には、
小人よりもむしろ愚人をとるべきだと説かれています。
小人は、有能であっても邪な目的のために
その能力を使う可能性が高いという点で弊害が多いが、
愚人はその才もないのだからデメリットは少ないというのです。――――

心の程を整える清涼剤のように惹き付けられる。
青空が一層澄んで見えた。