憂鬱
友達は選ぶな、とはよく言うが、正直なところ、今の俺からすりゃ冗談じゃない、論外だ。たしかに、ことわざっていうのは長年世の中に残り続けるだけあって九割五分くらいは正解だろうし、そこに異論を挟むつもりなんざ毛頭ない。だが、世の中っていうのは常に例外というものが存在するものだ。その例外の例ともいうべき存在が俺の目の前にいるのだが、
「えーちゃん!コレまじキャバくない?」
…なんだってこう都合よく俺の目の前に存在していたりするのだろうか。ちなみに後に聞いた話によれば「キャバい」というのは「キャワいい(ヤツのテンションが上がっていない時でいうカワイイ)」と「ヤバい」をかけ合わせたオリジナルの造語なのだとか。…そんなもんを考える理由がこの世のどこにあるっていうんだろうか。などと、そういったヨシナシゴトを考えていること自体の無意味ぶりを頭の隅でぼんやりと考えながら、もう片方の頭で平和な休日を過ごしていた俺のついさっきから今に至るまでを回想する―――
夏休み。年に一度の周期で太陽が核融合炉を書き入れ時とばかりにフル稼働させ、日本列島全域にわたってギラギラとした陽射しを矢のように降り注がせる季節の到来だ。無論、そいつらが降り注ぐにつれてニュースの一コーナーで登場する気象予報士が熱帯夜だの猛暑日だのといった単語を繰り返し発言する率が上がっていき、しまいには俺の住む県内のどこかでは観測史上最高を叩き出した地域があるらしいが、そんなの知ったこっちゃないね、聞くだけで体感温度が三度ぐらい上昇するから天気予報の間には避暑地の涼しげな映像か、はたまたオーロラ(漢字で書くと極光)が空に映っているような極寒の地の風景でも液晶に表示させておいてくれりゃあいいのさ。
しかしながら、大学生の夏休みというのは言ってしまえば実にヒマである。八月の頭からの二ヶ月間はまるまる休みであり、中には連日この暑い最中にバイトに精を出すとかっていう連中もいるのだろうが、どうも俺はその抽選枠からハズレを引いてしまったらしい。バイトもしていないではないのだが、基本、バイトであれなんであれ、仕事を必要とするのはその対価を必要としているからであって、つまり自分自身が許せる程度に金銭的余裕があればバイトなんてしねぇのである。だからというかなんというか、今のバイトでそれなりに充足感を得られている身としては、これ以上にバイトのシフトを詰めたりなんていう自滅ともいえる暴挙には出るはずもない。したがってバイトがない日には、お誘いの電話やメールが届いたりとか、あるいは既に幾人ものサークルの輩に不法占拠されて久しいフェリス某206号室に知り合いが訪ねてくる以外には、暑さを忍んでその部屋の床に寝そべっているのだが、それにしたって一般の知り合いからするとその連絡はあまりに急だった。
突然部屋中に鳴り響いたのは、充電中の携帯電話から流れてくる某海賊映画のやたらにテンポ感のある着信メロディだった。そのメロディが意味するところ、つまりはヤツからの電話である。……やれやれ。思いつく限りの電話応答回避理由をひとしきり頭の中で吟味してみるものの、これといって都合よくバシッと決まりそうな理由が見つかるわけでもなかったので、バイブレーションでいうところの三~四コールぐらい間をおいた時点で、寝そべったまま携帯へと手を伸ばして電話をとった。
「はい、もしも」
『えーちゃん! 今、ヒマ?』
「………」
……電話での定型的挨拶すら許してはもらえなかったらしい。もっとも、そんなことにいちいち目くじらを立てているようではヤツの電話相手は務まるはずもなく、仕方ない、続きを促してみることにした。
「…え、一応、暇だけど……」
こう、イキオイで誘われてしまうと断りたくても断ることのできない自分なのである。まことに遺憾ではあるものの、さりげにこういうところが自分の中ではコンプレックスだとか思っている。思ってはいるものの、彼奴がそんな感慨に耽っている俺の心境を気にすることなどあるはずもなく、
『じゃあさ! 今からえーちゃんち、行っていい? いやー実はさーこないだ下落合に行ったんだけどー』
……………
…以下略。というわけでなんだか知らんが、ヤツことキャサリンがウチにやってきた(仮)!
と、身内ネタはこの辺にしておいて、玄関のところからキャサリンがスキップしながら階段を駆け上がってくる(どうやるんだろう)足音が我が部屋の呼び鈴を――押さずにそのまま勝手知ったるが如くどかんと玄関のドアを突き破ってインベーダーが突入してくるまで、さっきの電話を切ってから一分とかからなかったのは驚きだ。
「いや、いくらなんでも早すぎだろ!」
そしてインベーダーの隣に何か蠢く物体がいたことにも驚きだった。それは今思えば、俺にとってはキャサリンでなくてその物体の方こそが本当のインベーダーだったのかもしれない。いや、だがそのときはそれどころじゃないほどアレだった、テンパっていたのだ。だから俺がそんな憶測を立てる余裕などあったはずもなく、ただ結果論的にいえるのは、夏の終わりに俺を巻き込んだあるひとつの事件はこうして始まったのだった。
キャサリンいわく、先日下落合に出かけた際、偶然にも路地裏に落ちていたみかん箱を覗き込んでみると、ソレは捨て猫か何かのように拾い主を待っていたのだとかなんだとか。……イヤ、あまりにも胡散臭すぎるだろう。ちなみに今の重複した三点リーダのぶんの間は、あまりにも突っ込みどころが多すぎてそれを整理していたためだ。そもそも、路地裏に落ちているみかん箱を覗き込むってどういう感性なんだ?
「路地裏っていうか、道端? あと、みかん箱も隣に山積みにされていただけだし。」
…なんだか最初に聞いた説明と著しく違う気がするが、キャサリンにそんな素朴な疑問をぶつけたところで何の解決にもならないことぐらいはこの数ヶ月のうちに学習済みだ。
「……で、なんだってソレをウチに持ってきたんだ?」
―――それが、これまでのいきさつだった。結局、ソレがなんであるかとか、どこでとうやってキャサリンがソレを見つけてきたのかなど、今の俺のあずかり知るところではない。ないのだが、訊かずとも、どうしてキャサリンがソレを連れてきたのかとか、今後のキャサリンの思惑だとかは大体把握できていた。つまり〝ソレをオレに飼育しろ〟と、どうにもそういうことらしい。無論、もう少しでもキャサリンの理解がなければごく僅かでも夏休みの悠々自適ともいうべき生活の名残を惜しむことができるのだろうに、把握できてしまう自分が恨めしい。尤も、名残を惜しんでいる時点で既にキャサリンの理解ができていなければならないから、まずそんな希望的観測的妄想は机上の空論ですらないのだが。