135. 今日もない…(最終回) | シャンプーハット

135. 今日もない…(最終回)

今日も気づいたらありませんでした。

まったく、我が家の洗濯管理はどうなっているのか…(原因は自分)


詳しくは先月分を。




さて、月イチでなんとなく更新はしていましたが、唐突ながら「あー続けてても意味ねぇなぁ…」と思い立ち、今回で、最終回。

マジです、もう書くのやめます



いったいなんでかって言うと、やっぱり一応、今自分がやっているモノゴト・対象に関して、自分なりの理由を持っておかなきゃいけないなと最近思うわけです

そういう考え方でいくと、それはここでなにか書く必要とかが存在していれば続けていく意味があるのだろうけれど、今のところ、対外的にはmixiがあって、仲間うちでは自分のHPがある

そうなってくると、もともとここのブログはただ単にその場の“ノリ”で始めただけのもの。

ならば、終わるときもその時の“ノリ”で止めてしまったっていいのではないかと。


こっちには全然書いてこなかったけど、ここのところ大学のサークルで映画撮って、それに打ち込んでいる時期がありました

それが一応、決着を見せて、小休止といったところ。

そんないまになって、この春から、3つぐらいサークルを掛け持ちしようとしていたんだけど、そうなってくると自分の中でその3つの優劣・優先順位を決めてしまう

そうなってくるとサークルっていうのは面白いもので、大体似たような人間が集まるようにできている

同じサークル内にはそれぞれに空気感というか、大まかにそういうものが俺にも見えるようになってきた

そしたらば、自分が一番コレをやりたい、っていうのがあったとするなら、それ以外に面白くもない邪魔なモノがあれば切り捨てようと思うのが自然な流れなのだろう



3つのうち、まだサークルの人に明言は避けているのだけど、キャンパス祭の実行委員はもうやめます


面白くもないコトに、だらだらと時間を使って、なぁなぁな流れでみんなでやっていこう、なんてノリが自分には合わないんだなと確信した

映画作ってるときもそうだったけど、何かをみんなでやろうぜ!ってなった時に、自分の中で最善を尽くして今作ることのできる最良を完成させてやらなきゃ気が済まない、というタチらしい、どうやら俺は。

だからこそ、自分でも気づいている通り、そのチームの中では痛い子になってしまうことも多々あるんだけど、そうしなきゃ色々と勿体ない気がする

同じ人間たちと同じ時間を共有して何かをやろう、ってできる時間はものすごく限られていると思う

それに全力で取り組まないのは、なんというか、自分にとってもチーム内の全員にとっても申し訳が立たない

そして出来上がった、自分たちの作り上げたモノもイマイチ不満が残る、っていうような、そんなことは避けたいじゃないか。

…尤も、どういうやり方で作ったにせよ、ああしておけばよかった、こうしておけばよかった、みたいな後悔みたいなものは尽きないんだろうけど。

でもどうせなら、後になって、今の自分にならもっといいものが作れるけど、あの頃の自分にとっては精一杯だった、みたいなモノに仕上がっていれば、それはそれで満足できるはず

どうせなら、そういうコトをしながら生きていければいいなと思う


それからいくと、このキャンパス祭の実行委員、もうてんでお話にならない

正直言って、考え方が中学生か高校生レベルというか、取り敢えず教授たちにそう言われたから面白くなくたって取り敢えず言われたことの中でやろうみたいな。

それでいて、意味もなく合宿だとかスタッフジャケットだとか言って、それぞれ1万だとか3千だとかの金額を要求してくる……

無論、それが自分の好きな仲間と楽しい時間を過ごすためのお金だったら、財布の紐をいくら緩めようと厭わないけど、こういう話は論外だ


……なんて、愚痴っていても仕方がない、要は『やるからにはガッツリやりたい』というハナシ。

それでいくと、このブログは最早自分のモットーに違反しているんじゃなかろーか。

これからの季節(?)、頑張らなきゃいけないことも多々あるようだし? なにかと集中してやってみたいわけです……ほら、更に取りこぼしそうな単位も拾わなくちゃならないことだし。


それに、ちょうど2年間。

思えば一昨年の8月にこのブログを立ち上げたらしいです、俺。

一昨年っていうとアレだ、俺が一浪目のトキね

春先から夏にかけて、全く勉強をやるそぶりのかけらも見せない俺を見るに見かねた親が予備校に行けとのたまい、河合塾に通っていたあの頃だね

いやはや、今となっちゃ懐かしいね、どうにも。

まさにその頃が、最後にmessoと会った頃でもあって。

今となっちゃ、後悔のしようもない話なんだけど、そんな雰囲気に気づいていなかったといえば嘘になるけど、かといってそこまで極端な最期は予想だにしなかったんだけどねぇ


それでも、終わったことは、あくまでおわった事。

もう、仕方がない。

だからこそ、今からを頑張らなきゃいけないとも思う、やれることがあるうちに。

いや、むしろそんな有限的な考え方ではなく、むしろ無限を見据えた考え方で。


今があるということは、今ならまだできるということ。

できるということは、その中でも、自分の予期しえない最高以上のものがあるかも知れないということ。


そんな考えで。

これからも限界まで頑張れる人間として生きていけたらいいな。