1月10日(土)
G先生の今年最初の課題の一つは、「悲惨な貧乏」は何故生まれるか、というお題でした。日本の非正規社員の解雇や日比谷公園の年越し村、失業して自殺を考える若者の記事が提供されました。
「悲惨な貧乏」というからには「悲惨ではない貧乏」もある、確かに米国でも去年の9月以降、次々に大型解雇が発表されて失業者が続出しているはずなのに、新聞には「抵当に入っていた持ち家が破格な値段で売り出されている」とか「高級取だったWall Streetのバンカーが専業主夫に」といった種類の記事は載っていても、解雇された次の日から路頭に迷うような「悲惨」な状況は報道されていません。日本の方が「悲惨」の程度が大きいのでしょうか。
Stewへの買出しの往復の車中で、G先生の課題にはいつもダンマリを決め込むパパも逃げ場がないためか珍しく参加して、喧々諤々、いろいろ意見が出ました。
まずは、アメリカの学校で洗脳されている花子ちゃんの意見。
「アメリカはさあ、自由と独立を求めてやってきた人たちの子孫だからさあ、どんなことがあっても希望を持ち続けて負けないんだよ。」
完全に洗脳されていますね。
先月、アメリカでの採用活動に参加したばかりのパパの意見は、アメリカにはやめた途端に丸裸になってしまうような契約社員という雇用形態がないのだそうです。確かに、新聞でも自動車工場をレイオフされても数か月は賃金の何十%かが支給されるという記事を読んだことがあります。それならば、大量解雇の影響がぐっと出てくるのはまだこれからなのか。
それから、アメリカ人たちは不況の度に大量解雇が当たり前になっているから、気持ちの準備もできているし、フード・スタンプのような支援制度も整備されていて持家さえあればしばらくなんとかなるのかもしれない、という見方もあります。
労働の流動性が高いから再就職も日本よりは簡単だから、深刻にならない。
共働き率が高いからどちらかが失業してもなんとか食いつなげる。
それに比べて日本は、正規社員をやめさせられないから始めた派遣社員の立場があまりにも弱くて、何の社会保障の対象にもなっていない。そんな派遣社員が大量に解雇される経験今回が初めてで、雇用者も被雇用者も、政府も誰も準備ができていなかった。
昔から自動車産業は期間工で労働力調整をしていたけれど、昔は兼業農家の若者世代とかが多くて調整対象になっても受け皿があり直ぐに路頭に迷うことがなかった。今は、核家族化が進んで、しかも派遣社員、契約社員の職種が広がって、それだけで生計を立てている家計が増え、影響が深刻化している。
精神的に打たれ弱くて、一度職を失うと何もかもおしまい、と思ってしまう(by 花子・・・そりゃあんたは打たれ強いよ)。
今回の派遣社員の解雇をめぐる問題は多分に社会的システムの不備に負うところが大きくて、精神論にもって行くのは安易すぎるとは思うのだけれど、やっぱりそちらにいってしまうんですよねぇ。たまたま読んだばかりの、このような状況を「意志の力による楽観主義」で乗り越えるべき、という大江健三郎氏の言葉を思い出しました。
最初の花子ちゃんの意見、「アメリカ人たちは自由と独立を求めてやって来て、何もない所から始めたから、いつも希望をもっているんだ」って、これは小学校に入るやいなや、ことあるごとに聞かされ、言わされ、歌わされて、アメリカ人の精神の中に叩き込まれていく感覚です。日本だって戦後の焼け野原から今のような繁栄を築きあげたのに、じゃあどうして日本人は前向きになれないの、って、花子ちゃんに聞く方が酷ですね。大人たちが教えていないもの。っていうか、大人たちも知らないもの、あまり。戦後の復興、高度成長なんて歴史の教科書で扱うのはほんの数ページ、しかも時間切れになって先生たち飛ばすしね。更に、高度成長期に対するアンチテーゼまで出てきて、あの頃はすごかった、って手放しに話すこともタブーになったりします。それにどうしてもその頃の話をすると安保問題が出てきてややこしくなるし。
でも、アメリカのように、もっと明るく単純に、「日本人ってすごいんだ。焼け野原からたった50年で世界第2位の経済大国になったんだ。みんなすごく努力したし、がんばったんだよ。」ってそれこそ歌にでもして子供のころから歌わせたりしていれば、大人になっても、「意志の力による楽観主義」を持ちやすくなるかもしれません。戦後がだめなら明治維新か、日本史をたどればネタに苦労はしないはず・・・。