恵まれたことですが、私には祖父母、4人と過ごした思い出が、ちゃんとあります
父方の祖父は、終戦後シベリアに抑留され、それでも生きて帰って来てくれました
でも、それがどんなことだったかを、聞きたいと思うには、
祖父が亡くなったころの私は幼すぎて、
結局おじいちゃんの思い出、としてあるのは、昼間からウィスキーをなめる、
カキ氷が大好きな、ひげがタバコのヤニで黄色くなってるおじいちゃん
頑固で、短気だったらしいけど、孫娘には、優しかった記憶しか、ないです
父方の祖母は、お嬢さんだった
とてもプライドが高くて、恐慌で家が傾いて田舎に帰ったときから
周りの人とは言葉もかわさなかったらしい
孫娘から見ても、社交的とはいえなかったけど、
パーキンソンになってウチに来たとき、小学生の私は、家におばあちゃんがいることが
嬉しくて、いつもおばあちゃんの寝ている部屋で
色んなお話を聞かせてもらってた
そして、今朝
母方の祖父が、亡くなった
101歳だった
明治生まれの、頑固で厳しい人だった
私も容赦なく叱られた
すき焼きを作るのがとても上手で、もちろん家事なんか一切しないけど
すき焼きだけは、いつも作って食べさせてくれた
私は一緒に住んでないけど、
母が明け方、「かや」って、おばあちゃんを呼ぶのを聞いて
それから意識を失って、亡くなったって言ってた
おばあちゃん、もうあんまり自由に動けなくて、おじいちゃんも
それはわかってると思うのに
それでも、最後に呼ぶのはおばあちゃんの名前で
最後にそばにいて欲しかったのも、おばあちゃんだったんだなぁ
明日田舎に帰って、おじいちゃんとお別れをしてきます
101歳なんだから、心の準備はどっかでできてたけど、
おじいちゃんが居た場所が、からっぽになることは、本当に寂しい
4人いた祖父母も、もう、おばあちゃん一人になっちゃった
おじいちゃんの死が、おばあちゃんにこたえるものに、なりませんように