おじいちゃんも送り、

おばあちゃんと、おじいちゃんの絆を感じ、

結婚って、いいものなんだなぁって、思えた、初めて


私は一回逃げ出してしまったけど、

もし乗り越えていたら、違った世界があったんだろうか


当時は100も理由があると思ったけど

80年近く添い遂げた二人の前では

私の理由なんか、かすんでしまうものなのかもしれない


積み重ねたものに敵うものは、ないなぁと思う


強くならなきゃ

私の好きな人は、みんな強い



おじいちゃんの懐中時計を、もらって帰ってきた

ベッドの枕元に、いつも置いてたやつ



おじいちゃんの時間を、代わりに紡いでいく

恵まれたことですが、私には祖父母、4人と過ごした思い出が、ちゃんとあります


父方の祖父は、終戦後シベリアに抑留され、それでも生きて帰って来てくれました


でも、それがどんなことだったかを、聞きたいと思うには、

祖父が亡くなったころの私は幼すぎて、

結局おじいちゃんの思い出、としてあるのは、昼間からウィスキーをなめる、

カキ氷が大好きな、ひげがタバコのヤニで黄色くなってるおじいちゃん


頑固で、短気だったらしいけど、孫娘には、優しかった記憶しか、ないです



父方の祖母は、お嬢さんだった

とてもプライドが高くて、恐慌で家が傾いて田舎に帰ったときから

周りの人とは言葉もかわさなかったらしい



孫娘から見ても、社交的とはいえなかったけど、

パーキンソンになってウチに来たとき、小学生の私は、家におばあちゃんがいることが

嬉しくて、いつもおばあちゃんの寝ている部屋で

色んなお話を聞かせてもらってた



そして、今朝


母方の祖父が、亡くなった


101歳だった


明治生まれの、頑固で厳しい人だった


私も容赦なく叱られた


すき焼きを作るのがとても上手で、もちろん家事なんか一切しないけど

すき焼きだけは、いつも作って食べさせてくれた



私は一緒に住んでないけど、

母が明け方、「かや」って、おばあちゃんを呼ぶのを聞いて

それから意識を失って、亡くなったって言ってた



おばあちゃん、もうあんまり自由に動けなくて、おじいちゃんも

それはわかってると思うのに


それでも、最後に呼ぶのはおばあちゃんの名前で

最後にそばにいて欲しかったのも、おばあちゃんだったんだなぁ




明日田舎に帰って、おじいちゃんとお別れをしてきます



101歳なんだから、心の準備はどっかでできてたけど、

おじいちゃんが居た場所が、からっぽになることは、本当に寂しい



4人いた祖父母も、もう、おばあちゃん一人になっちゃった


おじいちゃんの死が、おばあちゃんにこたえるものに、なりませんように

監査役の兼任禁止は取締役、使用人、支配人、子会社の会計参与、執行役!


って、覚えてたのが間違いのもとで

今まではダマシダマシやり過ごしてきたけど


「ちょっと、このあやふや感はまずくないか」


ということで、ネットで調べたり、条文とにらめっこしながら過ごすこと30分…


ようやく、ようやく、自分が何に行き詰ってるかが、わかった

句読点いれる位置を、間違ってたんやなー…



さすがの先生も、こんなことにひっかかる受験生がいるとは思うまい

講義でもさら~っと流してはったとこやし



とにかく、眉間にシワよせながら、頑張った甲斐があった

なんか、スッキリしました



スッキリと、寝よう♪