「前回食べた時と味が違う。」
とうちの子供が言っています。
そんな苦情が寄せられたそうだ。
こちらのフード企業さん、数年前に人的エラー
を最小限にしたい!同じ味を守りたい!ということで、
セントラルキッチン方式を取り入れた。
一か所で、スープをつくり、翌朝には、
各店に配送される。それらを温めれば、準備OK。
よって、味の均一化は図られた。
今回も徹底的に調査した。
しかし、問題は無かった。同店、同時刻に来店した
他のお客さんからのクレームも無い。
どんな対処をすべきか?
議論の結果、丁重にお手紙にて返信した。
再度、管理システムの見直しも行った。
すると、返信が来た。
「丁寧にお手紙が来るとは思わなかった・・・」
とのこと・・・更には、
「うちの子供は小さな頃から
高級で美味しいものしか
食べさせてないので、
味の微妙な違いがわかるんです。」
もちろん、丁重に再度お返事を書いてことなきを得た。
とりあえずは、一件落着ですが・・・
今のニッポン、これでいいんでしょうか!
お客様は、確かに大事です。
最も大事な存在です。
がしかし、、、、
こちらのフード企業さんに100%非が無い
としたらどうでしょう。
ここから先は、ビジネスのお話では無いかもしれませんのであしからず。
どちらかというと教育問題の視点で・・・
私の本音は、ガキにはせいぜいお子様には、
回転寿司ぐらいを贅沢品にしておいたほうがいいと思うんです。
また、段階的にレベルを上げないと
競争心や上昇志向、成長欲求などが育めなくなるでしょう。
学校を卒業し、いきなりアングロサクソンとリアルファイトを
求められるような世の中で、生き残っていくには、
人間としての根底にある思いの強さが必要です。
それらを育むことができるのは、体験しかありません。
また、小さな頃から、高級な美食ばかりをって、
後々、生活レベルを下げらればくなります。
どこかの芸能人や総理大臣みたいに。。。。
子供のころ、家族で食卓を囲むと親父のおかずが
一品多かったことがありました。そこで、おふくろは、
「お父さんはね、仕事を頑張ってるから、
おかずが一品多いんだよ。」
と言いました。そのことに何の違和感もありませんでした。
思い返せば、自分も大きくなって、
「親父みたいに頑張ったら、おかずが一品多いんだ!」
「仕事を頑張ってる親父って、かっこいい!」
そんな記憶が私の中にあります。
これは、アイデンティティを形成する一因になっています。
高度経済成長の頃、今からすればとてつもない
労働条件で働いていた親父世代の特権でした。
ある意味、日本の家族の原風景だったと思います。
世界恐慌か!?と言われる現在。それでも、
とてつもない富裕層は存在しています。
しかし、豊かだからといって、体験の少ない子供たちを
そんな美食家に育ててどうするのでしょうか。
もちろん、その家庭ごとに事情が違うのはわかっています。
食は大切です―。
いろんな思い出が形成されます。
人間は、
思い出という“過去体験”で思考基準
をつくります。
そういった意味も含めて、子どもと食の思い出づくり、
大人である我々が大切にしないと!
子供たちに責任はありません。
仮に親の見栄がそこに介在するのならば、
悲しいことです。
あらためて、
大人としての在り方、親としての在り方、本当の心の豊かさ、
そんなものを見直す時に来ているんじゃないか?
と思わされました。
最後に、、、、
苦情をいただいた奥様、同じものを食べたはずのあなたには,
その味、どのように感じられたのでしょうか・・・?
