天才の性 | ■ビジネスの軍師® 新納昭秀 公式ブログ 〜ニッポンツクリナヲシツアー〜■

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クライアントが名付けた呼び名は、“ビジネスの軍師®”
道路工事現場からのタタキアゲで、修羅場と成功の体験を土台に、
たった7円で起業し、中小企業改革再生のプロフェッショナル
として全国を駆け回る。18年で250社超の業績改善を実現




(王貞治展より参照 http://www.mitsukoshi.co.jp/store/1010/oh/ )


「そんな変化球は、前裁きでスカーッと打てばいいんだよ!」

「あのぉ~…そんな芸当ができるのは、王監督、、、、あなたくらいのもんですよ!」


王貞治、彼をして努力の人と言う人は多い。

がしかし、天才でもあった。

いや、天才でなければあそこまでの域には達せない。

そんな天才が努力をしたから、世界ナンバー1になったとも言える。


「なんで、自分の部下たちは、こんなこともできないんだ!?」


そんなことを悩むリーダーがいたりする。


様々な場面で、そのリーダーの姿を見れば、

下積みの努力をしなくともハイレベルな結果を生み出せたている。

それはもう、センスの良さだけでは評価しようも無い、“天才”である。


しかし、悲しいかな、天才は、自分自身が天才であるがゆえに、

自分自身が天才であることになかなか気づけない。


それが天才の天才たる性。


多くの人が天才という姿を羨む…

しかし、天才だからといって、完璧ではないのだ。


そう、完璧な人間など存在しない。


例えば、天才は、凡才と言われる人たちの現実を気づけなかったりもする。


つまり、


天才は、天才の岸辺から対岸(凡才側)を眺め、

凡才は、凡才の岸辺から対岸(天才側)を眺める。


そのどちらにも言えることは、、、




自分側の岸辺は、見えないということ。


自分の姿は、見えないということ。


すべての物事には、陰と陽がある。


悪があるから、正義がある。

悪が無ければ、正義自体も存在しない。


昼と夜。


男と女。


雨と晴れ。


天才と凡才。


対極の存在。


凡才は、天才たる人物を追いかけ、

天才は、凡才たる人物を理解しようとしたとき、


あるべきコミュニケーションのドアが開かれる。


天才にも半分しかわからない。

凡才にも半分しかわからない。


あとは、努力でしか埋まらない。