それだけ。なのだけど。
ものを手放していくごとに
洗練されていくのを体感する。
それを体感しているから、
わたしは手放すことが
実はたのしくもある。
大好きなのだ。
手放すものには
これからのわたしが映っていない。
はっきりと。
過去のわたししか
そこに映らないのである。
ときめくものというのは、
ちがう。
これからの私が、見える。
これからの
生きたわたしがそこに、ある。
みずみずしくて
いかようにもなる。
そんなわたしが見えるのだ。
それが見えるときが、
わたしは大好きだ。
過去を手放すということは
未来にゆだねることと、
表裏一体なのだ。
それは、
これからの自分を
信じているということ。
ものを手放していくごとに
洗練されていくのを体感する。
それを体感しているから、
わたしは手放すことが
実はたのしくもある。
大好きなのだ。
手放すものには
これからのわたしが映っていない。
はっきりと。
過去のわたししか
そこに映らないのである。
ときめくものというのは、
ちがう。
これからの私が、見える。
これからの
生きたわたしがそこに、ある。
みずみずしくて
いかようにもなる。
そんなわたしが見えるのだ。
それが見えるときが、
わたしは大好きだ。
過去を手放すということは
未来にゆだねることと、
表裏一体なのだ。
それは、
これからの自分を
信じているということ。