難聴と共に生きる さよこの日記

難聴と共に生きる さよこの日記

どうにもスッキリしない毎日を送る50代女性のつぶやき日記です。

父、93歳。約1年間の精神科病院入院を経て、一昨年 5月、隣市の特養に入所。



1月25 日(日)


午後6時30分頃


特養ABC園(仮名)から電話がかかってきました。📱

感染症の入所者が出たため、面会できなくなって5日目です。


施設からの電話は、よい知らせのはずがないので、


ドキドキしながら電話に出ました。


もしかして、父が感染したのかな?

(゚A゚;)


電話は介護士さんからでした。

聞き覚えのある声です。


お母さん ABC園の介護士〇〇です。


いつも、父をよく看てくださる介護士さんでした。


ニコニコ あぁ、いつもお世話になっています


お母さん さきほど、6時10分頃なんですけど、お父さん、食事中に、車椅子から降りて、床にねころんでしまっていたんです


あんぐり え? そうなんですか


お母さん 気がついたときには、床に大の字になっておられて。


なんで〜(;・∀・)


夕方以降は、もしかしたら職員も手薄なのかもしれません。


お母さん このようなことがあった、というご報告です。


ニコニコ わかりました。連絡ありがとうございます。様子見ということですね。


お母さん はい、特に痛みも訴えておられませんし。

最近、お父さん、またよく動かれるようになっていて。

さきほども、ベッドに横になってもらっていたんですけど、すぐに足を下ろして降りようとされるんです


真顔 そうなんですね。すみません。

お世話おかけします。よろしくお願いします。


施設も大変ですよね。

父のような入所者を拘束するわけにもいかず、

かといって、転倒でもさせたら大変だし。


もちろん、そんなことのないように、介護士さんがたくさんいて、見守りができるのが理想だけど


そんなことをすれば、施設費用は上がり、入所者の経済的負担も重くなるでしょう。




先日


義伯母の葬儀で1年半ぶりに会った 母方のいとこは73歳おばあちゃん


母は7人きょうだいでした。

いとこのお母さんが長女で、現在96歳。

わたしの母は下から2番目でした。

7人きょうだいの長女である伯母は、親が亡くなったあとは、きょうだいにとって親のような存在でした。

わたしの父も、兄弟関係の冠婚葬祭や病気見舞いで、「どうしよう?」と迷っても、長女が決断してくれるので助かると話していました。


わたしも、母が他界したときは、わからないことを伯母に色々相談しました。




母のきょうだいは長女以外、みな他界しました。

伯母は、自分の弟や妹をみんな見送ってきたのです。



伯母は長年 娘(わたしのいとこ)と一緒に暮らしてきましたが、


今は平日ショートステイで施設で過ごし、週末だけ自宅に帰っているそうです。


自宅で過ごす間は、いとこは目が離せないそう。


おばあちゃん もう老老介護よ〜


と笑ういとこの言葉に、うなずきながら


長生きはしたくないなと、やはり思ってしまいました。



ほどほどに人生を終えたい。

でも、そんなこと だれにもできないんですよね。