また愚痴です。ごめんなさい。
税理士さんからも出席依頼を受けて参加した「役員改選も兼ねた年度末報告」の会議。
議事録にある通り、議長は旦那様社長。。。なーのーにー、ただ座っているだけ。
最初から「やる気なし」態度の席。
役員改選の書類には最後まで捺印せずに帰ってきました。
法人法改正が実施されたのは平成18年、2006年。
出資額1円からでも(株)を名乗れる代わりに10年間で資本金1千万達成する、いわゆるベンチャー企業元年。
この法案が可決されたのは小泉総理時代。
旦那様の事情も分からなくはないけれども、事実を知る人がいないため幾つもの裁判案件になってしまった原因は、すべてを受け継いだ旦那様社長の責任なのに、なーのーにー、なぜ私のせいにする?
当時の私はまだ、全く旦那様の存在も知らないし、出会ってもいない。
過労の真っただ中でドクターストップかかるほど死にかけていましたよ・・・
事実確認をしているのですから、旦那様が「答える必要があるのか?」との発言は、立場的にも(社長としての立場、旦那様としての立場)いずれにしても「答える必要があります」としか、言いようがない。
このズレが全ての亀裂と溝の深まりの元。
税理士さんと旦那様が関わりだしたのも、平成11年1999年頃とのこと。その頃は私は福岡にいたし・・・。
神戸事情なんぞ分かるわけない。
後期高齢者になると、こうもふてぶてしくなるのかと呆れるばかり。
とにかく旦那様の人生に「私」が登場してから難題を解決してきた実績と利益も、旦那様のやり方の3倍から6倍になっている現実。
それが旦那様にとって「嫌な気持ちになる原因」なのでしょう。。。多分ね。
税理士さんと二人三脚の日々が続いていたなら、●●も●●もまだ××だっただろうしと税理士さんが会議を進めて下さる。
そして私たちの世代なら、ここで「本当にありがとうございます。新年度も宜しくお願いします。」と続くのだか、、、だんまり社長・・・居眠りしているのかな?と覗き見る・・・目を閉じたままなので、「聞いていますか?」と尋ねる。
人数が多ければ、寝ていても構わないが年度末の会議ですし役員改選などもあるのに、一向に進まない。。。
前立腺ガンが分かった時も20ヶ所の生体組織採取の結果12がアウト。
これが16だったらオペも難しくて今、生きていたかどうかすら危うい。
そもそもの「健康診断」の意味を間違えていたのは旦那様。
68年間ものあいだ、一度も健康診断を受けずに「通院」を「健康診断」と思い込んでいたのは旦那様。。。
とんちんかーん。
今になれば、どちらが良かったのか分からない・・・これ私の本音。
とにかく異常に臭かった当時の旦那様。
栄養状態も悪くて色白の体のシミも、旦那様の勘違いの思い込みの服薬の副作用ではないかと思うくらいの偏食と服薬。
転院、正しい健康診断と検診、入院・オペ・病院食のお陰でかなり改善も進み、入籍して約一年の集中的なケアで改善したと思っているのは当人以外の周知の事実。
けれども、当人にとっては「余計なお世話だ![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
と言う・・・。。。
なんとも、やりきれない。。。
そして全部大事で大切という・・・ゴミ屋敷の元。
もったいない精神で捨てることをしなかった親の始末も出来なかった、「自分でやる」とまで言いながら納骨すらできずに困っていたのは誰だ?
それから10年の間に全てを納めてきたのは誰だ?
それすら忘れて気ままに暮らす旦那様を受け入れて、共に暮らす未来など私には無い。
それを世間では「離婚」というのですよと説明すると笑う旦那様。。。
私も本当に男を見る目がないとしみじみ思う。。。
死後離婚という便利な制度がある。
全てが終われば、その制度を活用したい。
そして来世があるなら関わらずに済むように、今生を生きたいと切望している。
旦那様の来世が幸せであるようにとも願っている。
さてさて、コロナ禍でギスギスしている現代。
少しの時間、お花見。
もっぱら聞き役だったけど色々なグループに自然と別れるものだと楽しい時間を少しいただけた。
名古屋の熱田神宮で購入した「吉報お守り」も渡せた。
CDのお礼も兼てね。
毎年ひとつプレゼント。
素敵な想い出が出来ますようにと願いを込めて。
去年は絆創膏でしたけれども(笑)
そういう気軽な、ささやかさがあの方の人徳だと思う。
私にキッカケをくれた方へのささやかなギフト。
それが私の思う「友達」。
それくらいの距離感がいい。
あの方を護ってくださいね。
未然に無難に過ごせますように。
いつも有難う。
きっかけを有難う。
ありがとうのバトンが続きますように。