私は彼を愛していた。
彼も私を愛していた。
しかし私は彼を理解していたか。
彼も私を理解していただろうか―
妻子を捨て不倫に走った大学教授、村川。
彼の存在は周囲の人間の生活に滴を落とした。
女、男、妻、息子、娘、教え子、、、
それぞれの生活は緩やかに軋んだ。
章ごとに主人公を違え、一人称で語る切り口だが、
周囲の人間そのままではなく、さらに第三者を語り部に
配置する手法が見事にはまっている。
わざと奥に踏み込まないブレーキングの妙。
恋愛とは何か、家族とは何か。
それを騒がしくない程度の静かさで表現した作品。
似たような恋愛経験のある人にはたまらないだろう。
不倫は醜くはない、
しかし誰をも幸せにしないと個人的には確信する。
「この男
つまり私が語りはじめた彼は
若年にして父を殺した
その秋
母親は美しく発狂した」