必要なものは、その辺からかっぱらう。


よく行くのはコンビニと、

街外れにある古くてホコリっぽい雑貨屋。

あとは、その辺の民家にも立ち寄って、勝手にものを食ったりする。


一応街には商店街もあるけど、店はほとんど閉まってるし、品揃えも悪いから、

ちょっと遠いけど雑貨屋に行く。


そこはいつ行っても薄暗くて、薄気味悪い。

店主のおやじも、白髪で、気持ち悪くて、しゃべってるところを見たこともない。

そんな店だけど、ただ、珍しいアクセサリーや、小物がたくさん置いてあって、

それらを見るのがちょっとおもしろい。


何ヶ月か前。

そこで見つけた、ブレスレットみたいなもの。

黒くて細いツタみたいなものでできてる、手首に巻くヤツだ。

ボクはそれがなんとなく気に入って、

数もちょうど2本あったから、

「おじさん、これもらってくわ」と言って、

2本もらった。


ボクと真弓は、最近それをつけている。


クソつまらない授業を抜けて、

今日も真弓と帰った。


いつものようにつないだ手は、相変わらず冷たくて、

触れてるだけで、不安になった。

不安になって、怖くなって、

けど何故か、不思議と癒された。




公園のそばを通るとき、

一人の男が、道の真ん中でへばっていた。

ボクは、邪魔だから、蹴飛ばした。

「おい、おっさん。起きろよ。邪魔だよ」

「・・・・・う・・・・・ん・・・・・」

ガンガン蹴ってたけどまったく反応がなかったから、

ちょっと強めに蹴ってみた。

「邪魔だっつってんだよ」

ボコッと、低く、鈍い音。

そしてそれと同時に、手に感じた、握力。

「・・・・・・・真弓・・・?」

「・・・・・・・・・」

真弓はうつむいて、ボクの手を強く握った。

ボクはとりあえずもう一度男を蹴った・・・

するとまた同時に、真弓は手をギュッと握る。

「・・・・・・・・・どうした・・・?」

「・・・・・・・・・やめて・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・やめて・・・あげて・・・」

「・・・・・・・・」


ボクは、久しぶりに真弓の声を聴いた。

細くて、か弱くて、消え入りそうな声・・・

ボクは、真弓のそんなところも、好きだった。

けど、久しぶりに聴いたのがこんなときだったから、

少し、ヘンな気分だった。


「・・・・・・・行こう・・・」

「・・・・・・」

ボクらは男をよけて通った。




昼下がり。

空は、よく晴れている。


公園を過ぎれば、道には、人はほとんどいない。

雲も少ないから、上空の虫がよく見える。


「・・・今日は、虫が多いな・・・」

「・・・・・・・・・・」


真弓は、またボクの手をギュッと握った。


授業中。

コータがボクのところにやってきた。

「ヒマだな。ゾンビ退治でも行こうぜ」

「・・・そうだな」

別に乗り気じゃなかったけど、

何もすることもないから、賛同した。

「たっくん、行こうぜ」

「・・・ん?・・・ああ」

ボクらは、学校の近くの公園に向かった。


公園にはいつも、生きてるか死んでるか分かんないような、

腐った男たちが転がっている。

ボクらはそいつらを、ゾンビと呼んでいた。

コータはさっそく、ベンチにうなだれていた一人の男に、声を掛けた。

「おっさん、ヒマそーだな」

「・・・・・」

答えるはずもない。

答える気力があったら、こんなとこでうなだれていない。

「オレらもヒマなんだ。遊んでくんないか?」

「・・・・・」

コータは男の頭を蹴った。

鈍い音がして、男はベンチの下に倒れた。

「・・・・・あ・・・・・ああ・・・・・」

「痛かった?ゴメンな~」

「・・・・・う・・・・・あ・・・う・・・・・」

「何言ってんだ?ちゃんとしゃべってくんなきゃ、聞こえねぇよ」

ボクも、男の腹を蹴る。

ボコッと鈍い音。

続いて、たっくんも蹴る・・・またコータが蹴る・・・。


しばらくみんなで小突いていたら、コータが一言。

「もういいか。そろそろ、キレたらヤバイし」

「そうだな」

「お~い、おっさん。ゴメンな。オレら、こんなことしかやることねーんだ」

「・・・・・・」

「またヒマなときは、相手してくれよ」

「・・・・・・」

男はもうしゃべらなくなっていた。

けど、死んではいない。

それぐらいの手加減はしている。


そのあともボクらは、ゾンビを蹴ったり殴ったりしながら、

公園やその周辺を回った。


コータとボクとたっくん・・・あとチッチは、

ヒマになったらこうして、ゾンビを小突いて、ヒマつぶしをしていた。

別にそれが楽しいわけじゃないし、

刺激的なわけでもない。

ただ、何もしないよりはマシという、

それぐらいのレベルだった。


あれから真弓は、何もなかったように、普通に学校に来ている。


濁りのない黒い目は、あいかわらず何を考えてるかまったく分からないし、

実は、何も考えてないのかもしれない。


何一つ表情を変えない、黒い目・・・

笑っているようにも、

泣いているようにも見えた。

ボクが考えていることと、

常に、反対の感情を示しているように見えた。




一つだけ、気になることがあった。

『死の連鎖』の話。


「人は、命でつながっているように、

死でも、つながっている」

いつか、たっくんが言ってたことだ。


生きているものから命が生まれるように、

死んだものから、また死がつながっていく・・・。


・・・

ユウ・・・

チッチ・・・

マサヒロおじさん・・・

・・・


きっとその前から誰かが死んでいて、

これからも、誰かが死んでいく。


最近の流行だ。


それから、チッチは変わった。


温厚でやさしい目は、真っ黒に変わった。

口数は減り、何を聞いても、上の空。

さらに、ときどきなんの前触れもなく、発狂した・・・。


ユウの死から、1ヵ月後。

チッチは、同じ形で、屍となった。


ボクは、悲しくて、

泣くこともできなかった。




チッチは、ユウのことが好きだった。

青い髪が、

細い声が、好きだった。

それは、死さえ超えた、強く美しい感情だった。


ただ、そんなチッチも、

生きることだけは、超えられなかった。


きっと、死ねばいいなんていう、単純な話じゃない。

もしそれが正解なら、ボクももう、とっくに死んでいる。

ニンゲンなんか、絶滅している。




ユウというコがいた。

青い髪の、物静かで、おとなしい女のコ。

チッチの、彼女だった。


ユウは、ずっと、死に方を探していた。

美しい死に方を探していた。


誰に告げたわけでもない。

ただ、なんとなく分かっていた。

吸い込まれるような黒い目をして、

もう、この世のものを見ようとはしていなかった。


ある日ユウは、校舎の屋上から飛び降りた。

空の青い、晴れの日だった。


校内に響く、鈍い、何かが落ちる音。

その後、静かに地面に広がる、赤い色・・・。

チッチは、赤く染まったユウの身体に触れながら、泣いていた。


ボクは、人が泣くのを、

その日、生まれて初めて見た。


屋上。

真弓は、フェンスの外側。

どこか遠くを見ながら、立ち尽くしていた。


「・・・真弓」

「・・・・・」

ゆっくり、ボクの方に振り返る。

風で、黒い髪がなびく。

美しい。

天使か、死神・・・確かに、そのどっちかだった。


一つ、聞いてみた。

「・・・死ぬのか?」

「・・・・・」

答えはない・・・

それは、聞く前から、分かっていた。


「・・・別に、止めたりしないから」

「・・・・・」

「ただ・・・最後にその手に、一度だけ触れておきたい」

「・・・・・」

「血であったかくなる前に、

その冷たい手に触れておきたいんだ」

「・・・・・」


ボクは、真弓のほうに歩いていく。

真弓は、フェンスに指をかけ、ボクはその指に触れる。

細い、糸のような指。


「分かんないなぁ」

「・・・・・」

「温度が、よく分かんない」

「・・・・・」


「ちょっと待っててな。そっち行くから」


ボクはフェンスによじ登り、外側に出た。

そして、待ってくれていた真弓の、手を握った。

「あー・・・やっぱり、冷たい」

「・・・・・」

フェンスの外は、風が気持ちいい。

乾いた空気が、気持ちいい。

もしかしたら真弓は、それを確かめに来てたのかもしれない。


ボクらは、その場に座った。

壁の外側・・・地上二十メートルの世界。

両足を宙に垂らすと、空に浮いているような気分になる。


「なんか、飛んでるみたいだな」

「・・・・・」

「逝きたかったら、もう、いつでもいいから」

「・・・・・」

「オレ、ここで見とくから」

「・・・・・」


そのまま、夕方になった。

ボクらは、夕日が美しいのを確認して、

ウチに帰った。


クソほどつまらない学校に行った。


教室は、2時限目、多分数学の授業中だった。

なんの授業なのかはどうでもよかったけど、

ただ一つ・・・真弓の姿が見えなかった。

こんなことは、なかった。


「・・・・・真弓は・・・・・?」

近くに座っていたコンコンに聞く。

「・・・いや・・・・・わたしは・・・知らない」

「・・・どこいったんだよ・・・」

「・・・・・」


こんなことはなかった。

マジメに来ていた。

ボクにとって、学校イコール、真弓だった。

ほかにすることがなかっただけかもしれないけど、ボクが来たときは、いつも座っていた。

ボクを待っていたかのように、

教室の右隅に、いつも座っていた。

黙ってどこかに消えることなんて、なかった。


「・・・真弓は、どこいった?」

ボクは、たっくんに詰め寄る。

「・・・いや・・・分からない・・・」

ボクは、なんとなく・・・胸倉をつかんだ。

「どこいったかって聞いてるんだよ。

別に、今から教室にいるヤツ一人一人、頭割って聞いていってもいいんだ」

・・・うつむきながら、つぶやく。

「・・・・・多分・・・屋上に・・・上っていった」

ボクはたっくんの机を蹴り飛ばして、

屋上に向かった。


マサヒロおじさんの死骸は、まだ、駅の近くに転がっている。


無人駅の小屋の中、

練炭の残骸とともに、くたびれた中年のおじさんが横たわる。

誰かに引っ張られたのか、小屋から半分身体が出ている。

無様な屍。

仰向けで、口を開けたまま、もう動かなくなった、無様な屍。

マサヒロおじさん・・・

ボクらが、そう呼んでいた人だ。


マサヒロおじさんは、チッチの父親みたいな人だった。


チッチと友達だったボクも、よくお世話になった。

「盗んだもの食ってないで、ウチに来たらちゃんとしたご飯食べさせてあげるよ」と、よく言っていた。

といっても、大したものも出てこなかったから、

ボクはやっぱり、盗んだり、どっかの民家で勝手に食っていた。


けど、ボクがそんなことしてるときも、チッチはウチに帰って、

おじさんと、うまくもないメシを食っていた。


・・・チッチとボクは、友達だった。


夜。

空には、雲と、光と、虫が浮かぶ。

・・・あの赤いのは、チッチだろうか?

そうすると、あの青いのは、ユウだろうか?


誰もいない、静かで、気持ちのいい夜。


ときどきどこかで、誰かが叫ぶ声がする。

甲高い声、悲鳴ではない。

恐怖という感覚は、ほとんどみんな、持っていないから。

悲鳴じゃなく、発狂。


静かで、涼しい、気持ちのいい夜。


空には光が飛び交い、雲に群がる。

・・・虫が、一匹増える。