長女が亡くなって一年8ヶ月です。


日々の生活は、仕事も私生活も、長女がいない生活が当たり前になり、これはこれで、それなりに穏やかに暮らしています。

幸せだなと感じられることもあります。間違いなく、今そばにいてくれる家族のおかげもあります。そして、自分自身も、よくここまで頑張って、とにかく一日ずつ、よくわからないままなりに、あまりにも不幸な信じられないことが起こり、混乱しながらも、無になりながらも、とりあえず時が過ぎて。


だから、亡くしてすぐの、一分一秒、ずっと、長女の最後の姿や、なんでなんで?の問いかけや、自責、後悔、そればかりの日々ではなくなりましたので。


でも、ふと、1人きりの時間の時、例えば買い物してる時とか、トイレに入ってからとか、入浴中とかに、突然、前触れもなく、長女の最期の姿がぱっと脳に浮かぶことがたまにあります。

その時は本当に苦しくなって、恐くなって、そのままそのことを考えないように、意識を逸らすことにしています。

本心では、そのまま考え続けて、脳に浮かばせ続けておきたいという気持ちもあるんです。これはきっと、自責からくるもので、自分自身への戒めのための感情なのかもしれません。

でも、とても無理なので、震えてしまいそうなので、泣いてしまいそうなので、すぐに逸らします。


私自身に起こったことのあまりにもひどいことに驚き、恐怖で。

そんな感情が最近です。


長女はなんで?なんで?の答えのないことへの執着は前ほど強くありません。